劇場公開日 2015年8月22日

  • 予告編を見る

「夜を這い闇を食む」ナイトクローラー 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0夜を這い闇を食む

2015年10月25日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

楽しい

怖い

興奮

“ナイトクローラー”とは、むごたらしい犯罪や事故の現場にいち早く駆け付けて撮影し、
その映像をテレビ局に売り込む者たちの俗称なのだそうだ。
視聴者の食いつく刺激的な映像であるほど、映像の値も上がる。
映画に登場するプロデューサー・ニーナの弁を借りれば、
「被害者が富裕層の白人で、犯人が貧困層やマイノリティならなお良い」。

ケチな仕事で生計を立てていた主人公ルー・ブルームは、たまたま
居合わせた事故現場でその商売を知り、自らもその世界に足を踏み入れる。
初めこそ見よう見まねで仕事をしていたルーだが、極めて貪欲で
手段を選ばない彼は、その業界でみるみる内に頭角を表していく。
.
.
.
警察無線を傍受し、血生臭い現場を求めて夜の街を疾走するルー。
屍肉の臭いを嗅ぎ付けて血眼になる姿はさながらハゲワシだ。
最初に頭に浮かんだのはハイエナだったが、ハイエナは群れで動き仲間意識も強い。
ルーは違う。全く違う。

細長い体躯にぎょろりとした目玉、常ににやにや笑いを貼り付けたこの男は、
薄気味悪くは見えるものの、腕っぷしは強く無さそうだし、フランクで饒舌だし、
パっと見はよほど危険な人物には見えない。
だがその実、映画冒頭のような唖然とするような真似を平気でやってのける男であり、
協力してくれる人間さえも脅し嘲り罵り骨の髄までしゃぶり尽くすような男である。
1シーン、たったの1シーンだけ、彼が激昂するシーンがあるが、
そのゾッとするような剥き出しの怒りは忘れ難い。餓鬼さながらのあの表情!

彼は……なんと言い表せばいいか……
ちょっと手を伸ばして醤油の瓶を取るような感覚で、
相手の顔面を殴って財布を持ち去るような、そんな感じの男。
彼にとって『欲しいものを手に入れる』のは至極当然の事で、その為に他人が苦痛を被っても
気にも掛けない。いやむしろ、それを必要なプロセスだと考えている節さえある。
同情とか憐憫とかそういった感情が、彼からはごっそり欠如してしまっているのである。
.
.
.
他人の不幸を食い物にするこの業界において、ルーの特性はまさしく天賦の才だった。
彼は他人のテリトリーを易々と侵し、誰の死も気兼ねなく撮り、より大きな獲物のために平然と他人を犠牲にする。
おまけに彼は勤勉だ。ネットや協力者から得た情報をスポンジのように吸収し、
知識として巧みに使いこなす……特に他人を懐柔あるいは出し抜く手段として。

そんな危険極まりない人間が、この映画で描かれる世界ではヒーローとなる。
人の死を苦痛を食い物にすればするほどに持て囃(はや)され、金と名声によって
さらなる装備とバックアップを手にし、より多くの屍肉を求めて這い回る。
この男はとんでもなく狂っているが、それを是として崇める世界も同じくらいに狂っている。

まあ、モラリストぶって話す自分自身、
『世界の衝撃映像スペシャル』みたいな番組はついつい見てしまう人間である。
内にある暴力衝動なのか、はたまた薄れかけた生存本能を刺激されているのか、
遠回しであれそういうビジネスに荷担している一人なのかもしれないと考えると……ううむ、複雑。
.
.
.
本作を傑作『タクシー・ドライバー』と比較する向きがあるが、正直、同じくらいに薄気味悪かった。
ジェイク・ギレンホールの名怪演に圧倒されっぱなしの118分間。
後ろめたい衝動を刺激するアンダーグラウンドな世界、そして、
社会に交じるには危険過ぎる人間を助長させるような土壌、
それらを垣間見られる不気味な傑作。
自分がどんな死に方をするか分からないけれど……こんなトチ狂ったハゲワシの、
大きく冷たい瞳孔に見つめられながら死ぬのだけは御免被りたい。

<2015.10.18鑑賞>

浮遊きびなご