劇場公開日 2013年10月19日

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人類資金 : インタビュー

2013年10月15日更新
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阪本順治監督&森山未來「人類資金」4カ国ロケで構築した揺るぎなき信頼関係

社会派作品を多く手がけてきた阪本順治監督が、戦後史最大のタブーといわれる“M資金”をテーマに撮りあげた新作「人類資金」が、10月19日に公開される。米ニューヨークを皮切りに、露ハバロフスク、タイ王国・カンチャナブリ、日本と4カ国でオールロケが敢行された意欲作。今作で4カ国語を駆使して難役を演じきった石優樹役の森山未來が、阪本監督とともに国際色豊かだった撮影を振り返り、現代の経済至上主義についての思いを語った。(取材・文/編集部、写真/堀弥生)

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阪本監督が「亡国のイージス」(2005)でタッグを組んだ原作者・福井晴敏氏と8年ぶりに相まみえたことでも話題になった今作だが、M資金を題材にした作品を撮りたいと阪本監督が思いを募らせたのは1980年にまでさかのぼる。当時は美術助手だったそうで、「高野孟さんが書かれた『M資金 知られざる地下金融の世界』を読み、いつかこれを題材に監督する日がくればいいなと思った。その本はM資金を都市伝説のように描いてはおらず、高野さんがいろいろなブローカーや財団に取材して書かれたもの。実際に危険な目に遭われたという描写もあるし、読む限りではあるとしか思えない。M資金の詐欺が横行しているのも、それは実際にあるからだろうと感じましたしね」と振り返る。

企画が実現に向けて大きく舵を切ったのは、7年前に福井氏と酒席で話をしてからだ。阪本監督の思いを知った福井氏から「未発表の小説でM資金に触れたことがある」と聞かされた。「即座にお願いしました。その段階で決めたことは、現代劇で主演は佐藤浩市でということだけ。僕も福井さんもM資金があるものとして描こうと思いましたが、その“ありかた”ですよね。都市伝説に引っ張られることなく、独自の仮説を立ててやるべきだと感じた。戦後日本の復興は、そういうブラックマネーのようなものがない限り実現しえなかったと思うから」。

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阪本監督と福井氏の共同執筆で脚本を完成させた今作は、戦時中に日本軍がアジア全域から集め秘匿したといわれる金塊、財宝をベースにした秘密基金をテーマにしながら、国際金融システムを逆手にとってマネーゲームを仕掛けていくエコノミックサスペンス大作となった。金融ブローカーを名乗る詐欺師・真舟(佐藤)が、謎の男“M”(香取慎吾)と腹心の部下・石優樹からM資金を盗み出してほしいという依頼を受け、世界を股にかけて勇躍する姿に迫っている。

「北のカナリアたち」に続き、阪本監督とタッグを組んだ森山は脚本を読み「お金のありかたというか、ずっと腑に落ちないものを感じていた。人は夢物語というかもしれませんが、このフィクションの中で心から主張できる面白さみたいなものをフツフツと感じ、監督からいただいた経済に関する専門書を読む前から『絶対にやる』という気持ちはありましたね」と明かす。阪本監督にとっても、前作の現場で森山と接し「自分を追い詰めていくさま、完ぺき主義であること、これからピークを迎えていく勢いを感じてのキャスティング」だったという。ここまで神妙な面持ちで語ると、大阪出身の阪本監督、兵庫出身の森山による軽快な“舌戦”はご愛嬌ともいえる。

阪本監督「未來は自分を追い詰めていくやつですから、英語のスピーチを与えようが、ロシア語のセリフを与えようが、アクションがあろうが、当然のようにやってくれるし体得してくれるであろうと思った。ましてや終わった後に、大変だったというようなことは言わんだろうと」
 森山「これでピークが終わったんでしょうね(笑)」

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2人の強固な信頼関係ゆえに成立する会話だが、今作でどれほど森山が阪本監督の期待に応え続けてきたかがうかがえる。日本語、英語、ロシア語、モン語(タイ・モン族の言語)のセリフだけでなく、イスラエルで考案された近接戦闘術“クラヴマガ”をベースにしたアクションに、韓国俳優ユ・ジテとともに挑戦し緊迫感みなぎる格闘シーンを成立させた。

その中でも、ニューヨークの国連本部で行われた本編クライマックスのスピーチは特筆すべきシーンだ。登壇から降壇まで13分、うち8分間にわたる英語のスピーチを、カメラ3台を使った長回しで撮影した。ロケが行われたのは、2012年5月26日。秋から補修修理に入るため、夏までに撮り終えるという条件で、日本映画としては初めて国連での撮影が実現した。日米合同ユニットで挑む初カットであっただけに、阪本監督はもちろん森山にとっても思い入れはひとしおのはずだ。

「伝わる演説って何だろう? と思って、バラク・オバマ、ルーサー・キング牧師、ジョン・F・ケネディの演説も見ました。ただでさえスピーチが苦手とされる日本人。だけど、あのシーンはどこかでアジア人としてスピーチができるという意識をちゃんと持っておかなければいけないと感じました。(石は)いろいろな意味でクレバーな人間なので、感情の出し方ひとつをとっても、あの場に対して全てを集約させるというイメージがありました。やってみて感じたのは、スピーチって相当な労力がいるんですよね。場数だけではなく、文章を構成するところから始めて、たくさんのことを計算しているんだろうなと思いました。非常に面白かったですよ」

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森山のコメントからも見て取れるように、今作はM資金にまつわる謎解きの映画ではなく、現代の社会を変えるとはどういうことなのかを誠実に考え抜いた作品である。阪本監督と福井氏が脚本に込めた思いが、森山をはじめ主演の佐藤、M役の香取、観月ありさ、岸部一徳、オダギリジョー、寺島進、三浦誠己、石橋蓮司、豊川悦司、仲代達矢ら日本人キャストに伝播していったことは、とても自然なことといえる。

そして、国連本部での撮影から約9カ月後の今年2月、森山をはじめとする主要キャストの姿はハバロフスクにあった。「KT」や「闇の子供たち」で海外ロケを経験している阪本監督にとっては、海外のスタッフと仕事をすることに不安はなかったようだ。「最初だけスロースタートになるのですが、互いに何がしたいのかを分かり合えれば何とかなると知っているつもりで行ったわけです。ロシアのスタッフはウラジオストックのテレビ関係の人たちが来てくれたんだけど、間近で映画製作を見たことがないから僕らが持参したフィルター1枚にでも興味を持ってくれた。そういう意味で彼らから近寄ってきてくれたので、いい仕事ができたと思います。(日本でも報じられた、酔った男がモデルガンを発砲した事件で)自ら壁になってビービー弾から守ってくれたのも彼らですしね」。

ロシアでの撮影が氷点下23度の極寒のなかで行われただけに、摂氏37度という灼熱のタイへの移動がクルーの足取りに重くのしかかったことは、想像するに難くない。さらに森山を悩ませたのが、モン族が使うモン語のセリフだった。

森山「モン語が人によって全く違ったというのは、どういうことだったんでしょうかね? 僕の発音が悪かったからなのか、『そんな言語はない』と言われたことすらありましたから」
 阪本監督「たとえば、仕事が終わったときに、どういう声かけをするのか。『ご苦労さま』なのか『お疲れさま』なのか。互いの関係性を説明してあげないと理解できなかったのかもしれない。現場で『未來、悪い、これ覚えて』と言って、現地の人に教えてもらってセリフを加えたこともあった」
 森山「とにかく時間もないですし、教えてもらった通りオウム返しのように言って、日本に帰国してからアフレコをするわけなんですが、日本在住のモン族出身者に来てもらうと再び全部直されちゃう。発音も難しかったですけれど、それ以前にセリフが何だったのかすら覚えていませんでした(笑)。台本にないし、記録としても残していないから。それにしても面白かったですね」

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これまでのやり取りからも分かるように、森山はいかなる現場でも吸収できるものは全て吸収し、さらに直面した苦難を“面白い”と振り返ることのできる、役者としての懐の大きさが満ちあふれている。静かな佇まいで時折笑みを浮かべながら聞き入っていた阪本監督が、森山の言葉を引き継いだ。「劇中のセリフに『世界には、まだまだ使われていない才能がたくさん潜在している。その才能のひとつだ』というものがあります。石優樹という役も、その才能を見せ付けなければならないんです。それが森山未來の才能になっていなければいけない。今回は、そういう仕事だったんですね。『あなたの才能を見せて』というね(笑)」。さらに、俳優・森山の最大の魅力について聞いてみると「迷いはするけれど、自分のことを信じているということ。自分に影響を与えるのは、自分でしかないと思っている」と称えてみせた。

これだけの意欲作を完成させたいま、ふたりは現代の経済至上主義をどのようにとらえているのだろうか。阪本監督が口火を切った。「お金って信用で成り立っている。政府や政治の信用度ではなく、国民に対する信用度で価値が決まってくる。自分たちのことなんですよね。ギリシャの破綻が他人事ではなく、自分のポケットに入っているお札につながっているんだ。そういう意識を撮影しながら持つようになりましたね」。森山は、「お金に対して昔から頓着ないので、難しいことは言えないんですが」と前置きしながらも、「否定でもなんでもなく、これだけ世の中に安価でいいものが出回って簡単に買えてしまうと、その業界の人たちはしんどくてしゃあないじゃないですか。ひとつの商品をまじめに作っている人たちがのた打ち回る。しょうがないんですけど」と話す。だからこそ、「自分の欲しいものに対して、ちゃんとお金を惜しまず使うということをイメージして、ここ何年かは過ごしていましたね。自分にとって価値あるものに対して、『これに1000円の価値があると思って払っているか?』ということをイメージしています。この作品をやってからは、特に」と自らの意識を明かした。森山が、阪本監督とのさらなるタッグが次はいつ実現するのかにも大きな期待が寄せられる。

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