劇場公開日 2024年3月1日

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「地味を強みに変えた秀作」舟を編む 永賀だいす樹さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5地味を強みに変えた秀作

2013年4月17日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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もともとボソボソしたセリフ回しの松田龍平が、役柄としてもモソモソしたしゃべり方をする役をやったらどうなるか。その回答が本作に出た!
結果的にユニークで魅力的なキャラクターになったと思う。言葉に生きがいを感じる辞書編集者・馬締光也の誕生である。

そして本作がすばらしいのは、辞書編集という地味がそのままイメージされる題材を使って派手さを極力控えめに映画作りできる環境を用意できた点。
だからこそ、鉛筆でメモする音、ページをめくる音、包丁を研ぐ音、煮物を食べる音など、日本映画独特の音による映像表現に成功したのだと思う。
バックにサウンドを使わず、映像と場面の音だけを頼りにキャストの感情伝わってくるところは、日本映画の美しいところ。

これが辞書作りのプロモーション的な部分に光を当ててしまったら映画『ハゲタカ』になってしまうし、働いている人そのものに着目してしまえば『沈まぬ太陽』になってしまい、日本映画が持ち合わせている叙情的な要素がカットされてしまっただろう。
音楽で緊迫感を与えたり、焦燥感をイメージさせたり、また極端な構図のカットが多用され、まるでアクション映画のような演出になったに違いない。

そんなポジションのオダギリジョー演じる西岡は存在する。確かにいるのだけど、そこをスルーせず取り込み、そしてメインはやっぱり地味に辞書編纂に向かうという筋立てがすばらしい。

宮崎あおいも、大河ドラマのツンケンした部分がどうも印象に残ってて不安だったのけど、そこはそれ。芯の強さはそのままに、純粋なハートの馬締に打ち抜かれる割烹美人の役を見事に演じきった。
個人的にはこっち路線をバシバシ出してくれたらと思う。根がキツい人なのか、勝負どころに立つような役どころは、強烈過ぎて引いてしまうのだよね。

その辺の適切なアクセントという点では、オダギリジョー&池脇千鶴のコンビもすばらしい。
会社のわざとらしいよそよそしさや、オフのときのラブラブな感じはリアリティをたっぷりと注ぎ込む。
メイク落とし真っ最中の池脇に足を絡めて愛情表現とか、なんかもう見てる方が気恥ずかしくなる愛情たっぷりの親しさ。こういうのがサイドで入ってくると、作品に情感がグッと増す。

そして何といっても馬締の住んでいる下宿がすごい。
舞台設定では1995~2010年にまたがる時代だというのに、こんなのあるかいなと言いたくなるような古ぼけた下宿を作り上げた。
いかにも安そうなタイル、刷りガラスの入った戸、階段、味のあるゼンマイ時計など、よくもまぁ、こんなアナログ住居を生み出したと感心するほど。
でも、それがまた馬締のアナログな時代感とよく合う。いささかやりすぎじゃないかと思うほどだ。

しかし本作で一番すばらしい点は、編集部の面々が語るセリフのはしばしに言葉への愛着に満ちている点。
これの大元は原作者三浦しをん女史によるのだと思うけれど、スクリーンを通して伝えてきたのは、主幹・松本朋佑を演じた加藤剛をはじめとする役者陣と石田裕也監督の実力だろう。
地味にしみてくる言葉への愛着。これは辞書作りをテーマにしている本作だからこそ、ウソっぽくなく伝わってくる。映画構成的にうまい仕掛けだ。

アクションやカット、バックサウンドに求めず、日本的な叙情表現を出し切った本作は、ひさびさに納得いく日本映画。
それもこれも地味な題材を扱った原作があって、その映画化だということで観客は妙な期待をせず、製作側ものびのびやれたのが功を奏したのではないだろうか。
「大渡海」という辞書作りをプロジェクトほにゃららにせず、じっくりカメラをすえたドラマに観客は引き込まれてしまうだろう。

では評価。

キャスティング:10(こんな豪華な役者陣でバランスの取れた配置がすばらしい)
ストーリー:7(骨子としては地味の極みなのに、退屈しない流れ)
映像・演出:9(最新カメラの美しい映像を使いながら、しかし役者そのものと音にこだわった演出は、とても日本的な叙情感にあふれている)
美術:8(編集部の雑然とした様子や「大渡海」のプロモ用ツールなど、リアリティかつ本気)
セリフ回し:9(ボソボソしているけれど伝わる。誇張していないのに響く。そんな言葉遣いがたくさん)

というわけで総合評価は50点満点中43点。

映画は好きだけど邦画に絶望している人にこそオススメ。
きちんとした日本映画をひさびさに楽しむチャンス。

永賀だいす樹