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辞書作りを言葉と文字をめぐる活劇のように撮った石井裕也の秀作
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  近作の2本では、才に溺れたふうな一抹の危惧を感じさせた石井裕也監督が放った画期となる秀作である。

  日本映画には育児のノウハウを伝授する「私は二歳」、葬儀をイベント化した「お葬式」といった薀蓄(うんちく)エッセー系とも称すべき映画の系譜があるが、本作はそこに<辞書作り>という新生面を拓いた点も見逃せない。映画では、主人公の馬締(松田龍平)と香具矢(宮崎あおい)の恋の行方をのぞいては、ドラマを牽引するような起伏に富んだアクシデントはほぼなにも起こらない。その代わりに、「大渡海」完成までの15年にわたる地道な編集作業が定点観測のように描かれる。しかし、その膨大な用例採集、見出し語の選定、語釈をめぐる果てのない議論は、時に白熱し、深刻であり、時にはユーモラスでトンチンカンでさえある。石井裕也は、それらのダイアローグをあたかも、<言葉>と<文字>をめぐるアクション映画のように撮っており、画面はつねに停滞することなく、軽やかに滑走し続け、見る者を決して飽かせないのだ。

  15年の長い歳月のあいだには、幾人かの<死>も訪れるが、よけいな感傷に耽ったり、思い入れたっぷりな愁嘆場を一切みせない、簡潔で抑制した語り口も特筆に値する。茫漠とした松田龍平が巧まざる笑いを醸し出し、新境地といっていい。往年の日活映画の記憶を心地よく刺激する渡辺美佐子伊佐山ひろ子という絶妙なキャスティングにもニヤリとさせられた。

  恐らく今年の邦画の台風の目となるであろう1本である。

(高崎俊夫)


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