劇場公開日 2013年5月31日

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グランド・マスター : インタビュー

2013年5月30日更新
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トニー・レオン、トップの地位に甘んじることのないたゆまぬ努力

並大抵の努力ではトップに立つことはできない。その地位を維持するとなれば、いかなる方策があるのか想像すら難しい。だが、トニー・レオンは50歳を前にして自らに過酷な試練を課した。カンフーの完全習得。盟友ウォン・カーウァイ監督との7度目のタッグとなる「グランド・マスター」で、ブルース・リーの師として知られる詠春拳の宗師イップ・マンを演じるためだ。訓練中の2度の骨折、50日に及ぶ徹夜撮影など“苦行”の連続にも、すべてをひっくるめて撮影は楽しかったと言い切る器の大きさ。常に前を向き続けられる原動力は、「役者をやるのが好きだから」という純粋な言葉に集約されていた。(取材・文/鈴木元、写真/堀弥生)

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「恋する惑星」「ブエノスアイレス」、そしてカンヌ映画祭で最優秀男優賞を受賞した「花様年華」…多様な作品群を誇るレオンとカーウァイ監督のタッグだが、どうしてもカンフー映画はイメージしにくい。聞けばその成り立ちも、けっこうあいまいだったようだ。

1996年の「ブエノスアイレス」の撮影中、カーウァイ監督が現地で見た雑誌の表紙に写るブルース・リーを見て、彼の映画を撮りたいと考えたのが構想の端緒だという。当時、聞いていたはずのレオンの記憶も定かではない。

「アルゼンチンでブルース・リーの写真を見て、撮りたいって話は聞いていましたけれど、はっきり覚えていない。最初聞いた時は、どうせ撮らないだろうと思っていました(笑)。ウォン監督本人も、多分いつ撮るという具体的な話も計画はなかったはず」

2人の親密な関係はその後もさらなる発展を見せ、共に世界でも確固たる地位を築く。ゆえに「グランド・マスター」は満を持してという印象が強い。綿密なリサーチの末、リーの師であるイップ・マンが主人公となったが、レオンも数年間にわたるカンフーのハード・トレーニングというカーウァイ監督のリクエストをすんなりと受け入れられたという。

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「自分がどこまでできるか限界を知りたいという、自分に対しての挑戦です。いろいろな資料を読んで面白いと思ったのは、カンフーは体力や知能の訓練だけではなく、精神的なものや生活の面にも関わってくる。イップ・マンだけでなくブルース・リーが書いた本や(中国)北方の武術家、宮本武蔵の本も読みましたけれど、武術は精神を統一して静かな心でやるということにつながっていく。剣道や弓道などがある日本人の方が理解しやすいと思う」

だが、頭で理解することと実践は別次元にある。当時、47歳。イップ・マン最後の弟子とされるダンカン・リョンに師事したトレーニングは実に4年に及び、体力的には「大変だった」と苦笑交じりに振り返るが、その成果がスクリーンに表れているのは間違いない。

「文章の上では分かっていても、訓練をしないと理念を理解できずに身にはつかない。だから、カンフーは時間と絶え間ない練習、そして思考が必要。カンフーが生活の一部になったことで、自尊心が生まれたかな。戦いでもどう相手と向き合うか。勝つ、叩きのめすということではなくて、相手とのハーモニー。自分では思っていなくても、そういうふうになっていく。自分に欲求があればなおさらできないし、平穏な気持ちでやることなんです。言うのは簡単ですが、実際に戦うと難しい。1回2回と蹴りを出すと、そんなことは忘れちゃいますから(笑)。だから、武術家はすごいんです」

これが謙そんであることは、雨が降り続く中で一度に十数人を相手にする冒頭のアクションを見れば分かる。常に冷静沈着であるイップ・マンの人間性を見せつつ、鋭い切れとスピード、パワーで圧倒的な強さを見せつける。

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「過去30年で一番大変なシーン。50日間、徹夜でしたから。しかも現場がすごく寒くて、毎晩、数十人と戦うので、それはもう大変でした。皆さんがご覧になったものは編集でかなり切られていますけれど、実際はもっとすごかった。しかも(雨で)衣装は重くなるし、脱げない。夜7時から始めて、翌朝の7時まで撮っていたんですが、夜中の1時くらいでガタガタ震えていました」

だが、つらいシーンもあってこその役者だという寛容な姿勢が根底にある。だからこそ、1本の映画を撮り終えた時のカタルシスは計り知れない。

「これだけ大変な任務を全うできるとは、最初は思いませんでした。でもやっぱり、撮り終わったときは達成感に満たされました」

その一瞬を得るために役者をしているといっても過言ではなく、「役者をするのが好き」とのたまう。どんな苦労をともなっても、すべてが楽しいという思いに収れんしていくという持論があるからだ。

「映画撮影はプラモデルを作るようなもので、その過程が楽しいんです。つらいことやガッカリすることもあるけれど、(作品が)でき上がったらそんなことは忘れていますから」

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だから切り替えも速い。過去を振り返ることはせず、まして過去の栄光にすがることなど皆無。このあたりも「楽観的」と評するイップ・マンの生きざまにつながる資質だ。

「過去の荷物を背負いたくないという気持ち。今まですごく成功した作品、役柄であっても、そんなことは気にしない。だから、いつも新しい作品に入る時はまた新たなスタートが始まるという気持ちでやれるんです」

役者として出演を決断する際に、最も重要視しているのは「縁」だという。中でも、カーウァイ監督との縁は最も濃い。90年「欲望の翼」で薫陶を受けてから20年余、「グランド・マスター」は2人の師弟関係が導き出したひとつの到達点かもしれない。

「ウォン監督とは、初めて仕事をした時にすごく楽しくできた。それからもう20年、要求は高いけれど絶対の信頼と暗黙の了解ができている。彼と仕事をする時はいつも、話し合いなんかしません。脚本や資料をもらって僕が自分の中に吸収して、現場で演じるだけ。2人で話し合って決めることは滅多にないです。今回は本当に真実に近いと思う。本当に一番のベストを尽くしたという感じです」

そう語る笑顔は、作品に対する自信の表れだろう。「限界はまだ先?」と向けると、「もちろん」という頼もしい言葉が返ってきた。現在、50歳。劇中でイップ・マンは「高い山を目指している」と何度も言う。当然、レオンもトップの地位に甘んじることなく、常に前を向いて己の掲げる高みへと駆け上がり続けるはずだ。

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