劇場公開日 2011年11月26日

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「サスペンスものとして見たらダメ。これは大人のラブコメだ。」フェイク・クライム マスター@だんだんさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5サスペンスものとして見たらダメ。これは大人のラブコメだ。

2012年4月21日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

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お互い誰も信用できず、騙し合いの果て、最後はヴェラ・ファーミガが本性を現し、キアヌ・リーヴス大ピンチ・・・てな印象を抱いてしまった予告篇とは趣がだいぶ違う作品だった。

ひょんなことから銀行強盗の片棒を担がされた挙句、投獄。
仮出所後、これまた、ひょんなことから同じ銀行の襲撃を思いつく。
キアヌ・リーヴス演じるヘンリー・トーンは主体性に欠けた男だ。いつも、その場の雰囲気に流されてしまう人生を歩んできた。それは、少なくとも高校生の時からずっとだということが明かされるシーンがある。

この作品は、そんな彼が、自らの意思で決断を下すときを描いた作品で、決して騙し合いの話ではない。
むしろ、宣伝されたような内容よりも、ベテランの俳優によって心の葛藤を描いた上質な人間ドラマだ。

むろん、話の主軸は銀行強盗、犯行の成否だ。
その犯行と同時進行するのが、ヘンリーと舞台女優ジュリー(ヴェラ・ファーミガ)の恋。
なかなか大成できない女優が、これが最後と懸けたのがローカル舞台での「桜の園」。
いっぽう、ヘンリーが初めて自分の意志でやりたいこととして挙げたのが銀行強盗。獄中で知り合った老人マックス(ジェームズ・カーン)からは「お前の夢はそんなものか」と言われるが、ヘンリーにとっては他人から強要されずに行動するという大きな意義をもつ。少なくとも、ヘンリーはそう信じている。
マックスは刑務所の生活が一番と言って出所したがらない反面、何事にも動じないしたたかさと機転が利く頭脳の持ち主だ。ジェームズ・カーンのすまし顔がいい。

そろそろ話の地固めがすんだところで、ここにとんでもない裏技を仕掛けてくる。
これも成り行きと言ってしまえばそれまでだが、ヘンリーが舞台の欠員を埋めるため、急遽、代替え役者としてリハーサルに参加することになる。
いくらなんでも、それは無謀だろうと思うなかれ。これには、これで、こうしたいワケがあるのだ。無理を承知のゴリ押しだ。

ヘンリーとジュリーの関係が、チエホフの戯曲「桜の園」のヒロイン、ラネーフスカヤと、結果的に彼女の大切なものをカネで奪ってしまうことになる農夫あがりの商人ロパーヒンのふたりにぴたりと重なるのだ。

ことが成功したらすぐさま町を捨てるつもりのヘンリーだが、舞台の初日を迎え、ヘンリーを失うことは即ちジュリーの舞台が台無しになることを意味する。
そのときが迫るにつれ、ふたりの心の葛藤がそのままリハーサルの演技に真実味を増していくというのが面白いところだ。

とどのつまりが、この作品を犯罪もののサスペンス映画だと思って見たら大間違いということだ。
むしろラブ・ロマンスもの、それもちょっとラブコメ寄りと思って見たほうが、いろいろなところで合点がいく。

ラスト、ふたりの見つめ合いは、まさにふたりの芸達者な間合いに不覚にも涙が。
ヴェラ・ファーミガの横顔が綺麗だ。
ムチャな設定と展開も、この一瞬で帳消しにしてくれる。

マスター@だんだん