劇場公開日 1976年9月18日

「ベトナム帰還兵がマンハッタンでヒーローを演じる夢想と実行の偶然の産物」タクシードライバー Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ベトナム帰還兵がマンハッタンでヒーローを演じる夢想と実行の偶然の産物

2022年3月23日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

「アリスの恋」のマーチン・スコシージ監督の最近作。夫の事故死を切っ掛けに子連れの放浪生活を送る女性を描いた活気ある演出タッチに好印象だったが、今度は何と沈んだムードに落ち着いて、静かに怒り平穏の中で燃えている事か。先ずこのスコシージ演出の個性と吸引力に驚く。

ベトナム戦争の後遺症で不眠症になった若い男トラヴィスが、ニューヨークのタクシー運転手の仕事に就く。映像は夜のニューヨーク、その様々な色彩のネオンサイン、暗く汚れた道路、派手な装飾を施したビルディング、そして自由気儘に生きる夜の群衆を捉え、トラヴィスに何かを起こさせようとする。そう感じさせるくらい、このニューヨークの夜の映像とトラヴィスの孤独が見事に対比されていた。その前に、大統領候補の選挙運動員のベッツィー(シビル・シェパード)に惹かれ、全く紳士的ではない粗野で強引な接近を試み、半ば強制的に交際を始めるところが面白い。その二人のデートにポルノ映画館を選ぶところで、このトラヴィスという男の女性に対する無知を明確に描写している。トラヴィスの生い立ちや戦争で何があったのか、そして何故ニューヨークに住むのかの説明なしでスパッと入って来た未知と謎の魅力。これも確かに映画的だ。
しかし、話が進むほどに謎が増幅し、トラヴィスの行動が解らなくなる。そこに生まれる緊張感がこれまでの映画の語り方とは違う。女性への関心から社会の退廃へ移り、幼いアイリスという売春婦に興味を持ち付き合い、相談相手になり御節介を焼くまでになる。(一つ理解不能だったのが、選挙の路上演説のところへモヒカン刈りのトラヴィスが現れて候補者を暗殺しようとするところ)そして肉体を鍛え上げ、銃を裸の身体に装着する格好に酔うナルシシズム。クライマックスはベトナム帰還兵をマンハッタンの悪の巣窟排除で活躍させ、瀕死の重傷を負いながら現代のヒーローと称える逆転劇にしてしまう。かつて憧れていたベッツィーを袖にするオマケつきだ。この自己満足な結末には驚いた。

ニューヨークの醜い一面を成敗する、ベトナム帰還兵の病的ながら正義感ある想いと、実行に移す衝撃的過激さを描いたスコシージ監督の力作だと思う。孤独な男の姿を強烈に映像に焼き付けた演出は見事と云いたい。ロバート・デ・ニーロの演技も素晴らしい。ただし、予測不可能なストーリーの面白さを最後まで味わっての最後に、作者(脚本・演出)の自惚れも一寸感じる。それを感じなかったらもっと絶賛した思う。

 1978年 5月18日  池袋文芸坐

この当時はスコセッシ監督の呼び方は、スコシージだった。今回そのままで敢えて再録しました。淀川長治さんの本の中にも、スターや監督へのインタビュウーで名前の発音を尋ねる場面があります。直接本人に確認すればいいだけの話ですが、昔はある意味いい加減でした。外国の監督にも俳優にも、日本表記が修正されたものが結構あります。

Gustav