劇場公開日 2024年4月19日

「さまざまな「異人たち」に想いを馳せてしまう一作」異人たち yuiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0さまざまな「異人たち」に想いを馳せてしまう一作

2024年5月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

山田太一の原作小説を未読のまま鑑賞した観客による感想です。

予告編から得た印象では、アンドリュー・スコットなどの登場人物が性的マイノリティであることを指して「異人たち」と呼称しているのかと思っていたので、本編を観進めてすぐにこの言葉が意外に様々な意味を含んでいることが分かり少し驚きました。

序盤にアダム(アンドリュー・スコット)が両親の自宅を訪ね、やや不可解なやり取りをする場面があるんですが、場面転換したすぐ後に、先ほどの状況の意味合いが明らかになると、これまでごく普通と思っていた光景が全く違ったものに見えました。この見ているものに対する認識の変化は、描写としてはごく些細なものですが映画体験としてとても鮮烈で、一気に作品世界に引き込まれました。

R15+ということでそれなりの描写は含んでいますが、全編にわたって映像は夢か現か判然としないような幻想的な雰囲気を帯びており、そこまで生々しさを感じませんでした。

常に自己の傷ついた内面を押し隠そうとする表情、何か言葉を発そうとしては口ごもるスコットの演技は、作中のアダムそのもので、その存在感に現実味を与えているだけでなく、特に母親と対話するある場面で彼が感じる心の痛みは、ダイレクトに観客に伝わってくるかのようでした。

ふとしたきっかけでスコットと交流を持つハリー演じるポール・メスカルは、『aftersun/アフターサン』(2022)とは演技面でも身体面でも、少し異なった印象を与えるものの、陽気な振る舞いの背後にある、どうしようもない苦しみをにじませる姿は相通じるものがあって、今回も泣かされました。

全体的にさまざまな苦しみを抱えた人々を描いているので、ともすれば作品全体の調子が沈みがちになりそうなところ、アダムの父演じるジェイミー・ベルがいい感じに和んだ空気を提供してくれます。特に終盤、彼が「どうしても尋ねておきたいことがある」と真剣な表情でアダムに語り掛けた後の次の一言は、笑うところじゃないんだけど思わずくすっとなってしまい、これまた良い意味で印象深い場面になりました(そしてやっぱり泣かされる)。出番は多くないんだけど、ベルにも拍手を送りたいところ。

yui