劇場公開日 2023年11月3日

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「人気作家自身の生きづらさと創作との関係を謎解きしてくれる」パトリシア・ハイスミスに恋して ドミトリー・グーロフさんの映画レビュー(感想・評価)

2.5人気作家自身の生きづらさと創作との関係を謎解きしてくれる

2023年11月18日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

この映画を観る前、パトリシア・ハイスミスの名は「数々の映画の原作者」として知っていた。本作は、そんな彼女の「知られざるプライベート」にスポットを当てたドキュメンタリーだ。特に、彼女が母親から愛情を注がれずに育ったことやレズビアンだったことが、小説の創作にどのような影響を与えたのかを丹念に解き明かしていく。

ここで首をかしげたのは、その解明のプロセスにおける「見せ方」だ。小説の中で彼女のアイデンティティが表出している箇所を示す際に、同じ小説を原作とする劇映画からワンシーンを抜き出してきて、ビジュアル的に「絵解き」してみせるのだ。

しかし、過去の劇映画はいわば「監督や製作者のもの」であり、彼らなりの視点や再解釈が込められている。すでに別の「文脈」で成立している映画作品の一部を切り取り、本作のために新たに撮られた「再現ドラマ」のように扱ってみせるのは、果たしてドキュメンタリーの手法としてふさわしいだろうか。
この点は、元の劇映画が佳作、名作揃いで惹きつけられるシーンが多いだけに、なおさら引っかかった。また、こうした映画シーンの多用は、ハイスミスの人気が小説家としての実力ではなく、映画界に依拠していたあかしのようにも見えてしまわないかと気になった(実際そうだったのかもしれないが)。

一方、本作の中で、かつての恋人たちや親族の証言、現存する本人映像や写真、遺された小説や日記などをもとに構成された場面は、彼女の「素顔」を浮かび上がらせることに奏功しており、納得することしきりだった。

以下に、本作で初めて知った「真実」をいくつか挙げると…
——保守的な土地柄のテキサス州で祖父母に育てられたこと。
——母親に愛されることなく育ち、生涯にわたり「母の愛情」を渇望したこと。
——時代や風土の「圧力」によってレズビアンであることを世間的に隠していたこと。
——若い頃は相当な美人で、ひそかに美しいヌード写真まで撮らせていたこと。
——若き日の彼女が出入りしたNYのレズビアン・コミュニティでは人気者だったこと。
——恋愛に貪欲で、晩年まで数々の愛人関係を築き続けたこと。

こうして並べてみると、読者を惹きつけてやまない「アウトロー」的キャラやプロットを次々と創作できた背後に、ハイスミス自身の「生きづらさ」が横たわっていたことがよくわかる。鑑賞後なんとも切ない気持ちになった。

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ドミトリー・グーロフ