劇場公開日 2024年3月1日

「2時間ちょっとに収めるには要素過多だが、啓発効果には期待」52ヘルツのクジラたち 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.02時間ちょっとに収めるには要素過多だが、啓発効果には期待

2024年3月3日
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鑑賞方法:試写会

悲しい

知的

52ヘルツで鳴く有名な鯨がいるというのは初めて知ったが、Wikipediaにも項目があって興味深く読んだ。鯨の種類は同定されていないものの、奇形かシロナガスクジラの 雑種だと考えられているらしい。通常シロナガスクジラは10~39ヘルツ、ナガスクジラは20ヘルツで鳴くのだそう。本作は町田そのこの小説の映画化だが、過去にもこの鯨に着想を得た台湾の劇映画「52Hzのラヴソング」(2017)や、実際に鯨を探した米ドキュメンタリー映画「The Loneliest Whale: The Search for 52」(2021)などがあった。

俳優陣は真摯に演じていて誇張したようなところはないし(複数の監修者やコーディネーターらの貢献も大きいだろう)、編集のテンポもいい。暴力シーンはもう少しリアルに演出できたのではと思うが、DVを受けた人が観ることも想定しての配慮かもしれない。

原作小説は未読ながら、おそらく忠実に要素を抽出して実写化したのだろう。ただいかんせん本編135分には収めるには、DV、ネグレクト、ヤングケアラー、性別不合とトランスジェンダーなど、丁寧に扱うべき要素が多すぎる。たとえばNHKあたりが10話程度のドラマでじっくり描けば、個々の問題や課題、周囲がどう接するべきかなどについても、もう少し掘り下げられたのではないか。

それでも、それぞれの困難な状況や偏見・差別に苦しんでいる人たちがいて、声を上げてもなかなか伝わらないということを、本作をきっかけに知って自分で考える人がひとりでも増えるなら、聴こえにくい声が聴こえたことになるだろうか。

なお冒頭で触れた52ヘルツの鯨に関する情報だが、他の鯨たちの鳴き声よりも高い周波数だとは書かれているものの、鯨の可聴域を超えているとの記述はない。人間だって声として出せる周波数の帯域より聴きとれる帯域のほうがはるかに広いわけだし、52ヘルツの鯨の声だって他の鯨たちに聴こえている可能性はある。単にほかと違うから孤独だとは限らない。人間だってきっとそうだ。

高森 郁哉