コラム:清水節のメディア・シンクタンク - 第10回

2014年9月12日更新

清水節のメディア・シンクタンク

第10回:厳選 ソードアクション十番勝負! 「るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編」の殺陣革命

完成披露イベントにおいて、佐藤健は「日本映画の歴史が変わる」と挨拶したが、これは決して大仰な言葉ではないだろう。「るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編」の前編「京都大火編」が公開40日弱で観客動員約355万人、興行収入45億円超を記録し、後編「伝説の最期編」の前売券の動きは前編の150%。併せて興収100億円をも狙える勢いに、映画業界は色めき立っている。

だが、この2部作が成し遂げようとしていることを数字の大きさだけで語ることは出来ない。邦画メジャーの製作ではなく、テレビ局の出資も受けず、ワーナーのローカル・プロダクションによって企画製作された本シリーズは、人気コミックの実写化に当たって大友啓史監督と主演佐藤健という逸材に白羽の矢を立てたことで、尋常ならざる映画へと向かって動き出し、邦画の水準を激しく更新した。世界レベルのアクション映画を手掛ける機会を虎視眈々と窺っていた大友啓史と、少林寺拳法やブレイクダンスを経て高度な身体能力を身に付けていた佐藤健のケミストリーは、往年の黒澤明三船敏郎の関係性を彷彿とさせる。但し、かつて大友はこう語った。

「黒澤映画の武士は、武士本来の動きが出来ればよかったけれど、剣心は違う。原作マンガに基づくなら、極端に言えば、『スパイダーマン』的な動きを想定しなければならない」

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■時代劇の殺陣と香港アクションの過激な融合

つまり「るろ剣」は、従来のジャンルに束縛されない、未だかつて観たことのない活劇だ。明治初期という近代の黎明が時代背景であるため、様式美に基づく「時代劇」とも異なり、主人公は逆刃刀という斬れない刀で相手を強打しているだけゆえ「チャンバラ」でもない。目指したのは「“ワン・チャイ”とマーベルヒーロー」。

ツイ・ハーク監督作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」シリーズにおける、外からの文化が流入して来た時代のエネルギーやカオスと、CGアニメーション的な想像力をも取り込んだケレン味豊かな躍動感を、あくまでも「身体」によって表現することこそ、「るろ剣」のベースとなった世界観だ。

そこで招聘されたのが、香港アクション俳優ドニー・イェンの下で経験を積み、アクション監督やスタント・コーディネーターとして活躍する谷垣健治。日本刀による時代劇の殺陣と、香港活劇由来のスピーディーでダイナミックな振付けを、過激に融合させたのだ。いつの時代も語り継がれる革新は、異なる文化を絶妙にブレンドすることによって誕生する。例えば、「七人の侍」は時代劇と西部劇を、「スター・ウォーズ」は剣戟と時代劇とスペースオペラを、「マトリックス」はサイバーパンクと香港武侠映画とジャパニメーションを――。

(C)和月伸宏/集英社 (C)2014「るろうに剣心 京都大火/伝説の最期」製作委員会
(C)和月伸宏/集英社 (C)2014「るろうに剣心 京都大火/伝説の最期」製作委員会

1960~70年代のブルース・リー登場以前の香港活劇の源流であるキン・フー監督の「侠女」「忠列図」、ドニ―・イエンが手掛けた「レジェンド・オブ・フィスト/怒りの鉄拳」「孫文の義士団」「導火線 FLASH POINT」の実戦ファイト、さらには勝新太郎の「座頭市」シリーズの間合いや速度などを参照しつつ動作設計イメージを構築していった、と第1作のプリプロ時に、大友啓史は明かしてくれた。

■時代に求められていた「フィジカルの復権」

では、「るろ剣」の理念とは何か。一言で言い表すなら、それは「フィジカルの復権」だ。映画のみならず社会そのものがデジタル化の一途を辿り、あらゆる事物を指先で操ることが可能となり、四六時中スマホやPCに向き合うようになった今、我々は失ってしまったものを銀幕のフィクションの中に求めている。「007」シリーズが肉弾戦に回帰することで息を吹き返し、「GODZILLA」では着ぐるみの動きを理想としながら人間味のある怪獣を創造し、撮影中の新「スター・ウォーズ」がグリーンバックから逃れてセットやプロップの使用を志向するのは、ただ単に、CG映像に食傷気味になったからという理由からだけではあるまい。

脳化が加速する時代にあって、反動のようにして、我々は肉体・身体のリアリティを取り戻すことを希求しているのではないか。そんな現状だからこそ、「るろ剣」における、アクション専門ではない俳優たちが練習を積み重ねることによってのみ到達する、感情の発露としての生身のアクションに、より一層高揚するのだ。しかも香港カンフー映画が培ってきた、撮影現場で実際に本気で“身体に当てる”というフィクションらしからぬ方法論が、「るろ剣」のソードアクションを特別な境地へと向かわせた。その痛みによって生ずる役者たちの緊張感と熱量は、明らかにスクリーンを通過して観る者に伝播し、痛覚を刺激する。

>>次のページ:最高の偶然に賭けるノンフィクション的な撮影 

筆者紹介

清水節のコラム

清水節(しみず・たかし)。1962年東京都生まれ。編集者・映画評論家・映画ジャーナリスト・クリエイティブディレクター。日藝映画学科中退後、映像制作会社や編プロ等を経て編集・文筆業。映画誌「PREMIERE」やSF映画誌「STARLOG」等で編集執筆。海外TVシリーズ「GALACTICA/ギャラクティカ」日本上陸を働きかけ、DVD企画制作。著書に「いつかギラギラする日/角川春樹の映画革命」、新潮新書「スター・ウォーズ学」(共著) 。WOWOWのノンフィクション番組「撮影監督ハリー三村のヒロシマ」企画制作でギャラクシー賞、民放連賞最優秀賞、国際エミー賞受賞。

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