コラム:「賞レースのユクエ」byオスカーノユクエ - 第5回

2021年3月11日更新

「賞レースのユクエ」byオスカーノユクエ

まもなく第93回アカデミー賞ノミネーション発表!4つのポイントから作品賞にノミネートされそうな9作品を予想!

いよいよ第93回アカデミー賞ノミネーション発表のときが近づいてきました。例年より2カ月遅れではありますが、オスカーウォッチャーにとっては最も血圧が上がる3月15日のXデーを前に、4つの大きなポイントに基づいて作品賞のノミネートを予想してみようと思います。

①前哨戦の実績

トロント国際映画祭、ゴールデングローブ賞、各地の批評家協会賞など、これまでに発表されている約40の映画賞における実績をオスカーノユクエ独自の計算式でポイント化。3/4(木)現在、ゴールデングローブ賞結果までを反映した前哨戦実績の上位作品を有力コンテンダーとして抽出しました。

▼前哨戦実績TOP10

ノマドランド 83.4
プロミシング・ヤング・ウーマン 44.8
ミナリ 43.8
シカゴ7裁判 35.1
First Cow 33.8
ザ・ファイブ・ブラッズ 30.6
サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ 29.3
Mank マンク 26.1
マ・レイニーのブラックボトム 24.5
あの夜、マイアミで 24.2

独走する「ノマドランド」、それを追う「プロミシング・ヤング・ウーマン」「ミナリ」「シカゴ7裁判」あたりまではほぼノミネート当確と見てよさそうです。ただし、それ以下の作品は実績下位の作品にとって代わられる可能性もあります。

「ノマドランド」
「ノマドランド」

昨年の覇者「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノ監督が絶賛したケリー・ライヒャルト監督「First Cow」は、ニューヨーク映画批評家協会賞を制するなど実績十分ですが、批評家に愛されるタイプのいわゆる“Critics Darling”作品と見受けられます。ノミネートまでこぎつける可能性はむしろ低いと予想します。

ブラック・クランズマン」で念願のオスカーを受賞したスパイク・リー監督「ザ・ファイブ・ブラッズ」も実績十分ですが、同じNetflix作品に「Mank マンク」「マ・レイニーのブラックボトム」とライバルがひしめくのがマイナス材料。3作品とも当落すれすれのラインと見るべきでしょう。

同じことはAmazonプライムビデオ組にも言えます。「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」と「あの夜、マイアミで」は前哨戦実績でも拮抗しており、“投票するならどちらかひとつ”という会員の心理が働くかもしれません。

②配信>劇場の構図とその反動

コロナの影響による劇場の一時閉鎖が映画業界に与えた影響は言わずもがな甚大でした。アカデミー賞にエントリーした作品数は366本と昨年を超えましたが、劇場公開作品よりも配信ベースの作品のほうが存在感で勝っていることは否めません。ただ、だからこそ劣勢の劇場作品に肩入れするアカデミー会員もいるはずで、配信作品なのか、劇場配給の作品なのかは例年以上に重要なファクターとなりそうです。

▼有力視される劇場作品

ノマドランド(サーチライト・ピクチャーズ)
プロミシング・ヤング・ウーマン(フォーカス・フィーチャーズ)
ミナリ(A24)
First Cow(A24)
ファーザー(ソニー・ピクチャーズ・クラシックス)
Never Rarely Sometimes Always(フォーカス・フィーチャーズ)
TENET テネット(ワーナー・ブラザース)

まず、前哨戦で実績を残した劇場作品があまりに少ないことに唖然とします。ここに挙げたのは前哨戦の作品賞部門で一定以上の実績(ノミネート or 受賞)を残した作品ですが、わずかに7本とは悲しくなってしまいます。

ここで紹介しておきたいのは、アンソニー・ホプキンスが認知症の老人を演じる映画「ファーザー」。オスカー俳優2人(「女王陛下のお気に入り」で主演女優賞を受賞したオリヴィア・コールマン共演)が出演する質の高いドラマは、配信プラットフォームからすれば格好の標的だったはずですが、配給のソニー・ピクチャーズ・クラシックスは本作のポテンシャルを信じて劇場公開のチャンスを待ち続けました。昨年1月のサンダンス映画祭を皮切りに世界各地の映画祭をめぐり、今年2月21日にようやく本土で劇場公開を迎えています。そんな配給会社のこだわりがアカデミー会員の心を動かしたとしても不思議はありません。

「ファーザー」
「ファーザー」

▼有力視される配信作品

シカゴ7裁判(Netflix)
ザ・ファイブ・ブラッズ(Netflix)
Mank マンク(Netflix)
マ・レイニーのブラックボトム(Netflix)
もう終わりにしよう。(Netflix)
この茫漠たる荒野で(Netflix)
サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ(アマゾン・スタジオ)
あの夜、マイアミで(アマゾン・スタジオ)
続・ボラット(アマゾン・スタジオ)
ソウルフル・ワールド(Disney+)
ハミルトン(Disney+)

圧倒的なコンテンツ量を誇るNetflixが今年も多数のコンテンダーを送り込んできました。一昨年の「ROMA ローマ」、昨年の「アイリッシュマン」「マリッジ・ストーリー」はあと一歩のところで作品賞に届きませんでしたが、今年も良質な作品がズラリと揃っています。

筆頭は「シカゴ7裁判」です。もともとはパラマウント作品でしたが、コロナの影響で劇場公開を断念。Netflixに配信権を譲り渡すことになりました。「ソーシャル・ネットワーク」の脚本でオスカーを受賞したアーロン・ソーキンの新作とあって、当初からオスカー有力の呼び声が高い作品でしたが、その期待を裏切らない高評価を獲得しています。

画像3

Amazonプライムビデオからもいずれ劣らぬ有力作がオスカー候補を狙います。ゴールデングローブ賞で作品賞を受賞した「続・ボラット」をアカデミー会員がどう評価するか読みづらいところですが、「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」「あの夜、マイアミで」を含めた3本のうち、少なくともどれか1本はノミネートに手が届きそうです。

Disney+からはアニメの「ソウルフル・ワールド」と映画版「ハミルトン」がエントリー。前者はアニメーション作品ながら、前哨戦では作品賞部門でも実績を残しています。とはいえ、長編アニメーション映画賞部門が主戦場となるでしょうから、作品賞での得票はハードルが高そうです。また、話題の舞台劇を撮影して映画用に編集した「ハミルトン」も、純粋な劇映画として票を獲得するのは難しそうです。

③女性監督の活躍

女性監督の活躍は今に始まったことではありませんが、今年のそれはまるでギアが一段上がったかのようです。もはや“女性監督の活躍が目立つ”といったレベルではなく、もう主役といってもおかしくありません。そんな女性監督たちの躍進が、アカデミー賞史上初となる快挙を生み出す可能性があります。

▼女性監督の有力作品

ノマドランド
プロミシング・ヤング・ウーマン
あの夜、マイアミで
First Cow
Never Rarely Sometimes Always
40歳の解釈:ラダの場合
オン・ザ・ロック

これまで92年におよぶアカデミー賞の歴史のなかで、監督賞部門でノミネートされた女性はわずかに5人。そして、同じ年に複数の女性がノミネートされたことは一度もありません。しかし、今年のアカデミー賞戦線では女性監督たちの映画が主役級の存在感を放っており、史上はじめて複数の女性監督作品が作品賞ノミネートを勝ち取る快挙の達成が見られるかもしれません。

すでに「ノマドランド」「プロミシング・ヤング・ウーマン」の2本がノミネート確実という下馬評ですが、さらに1〜2本がその栄誉に加わる可能性があります。

その筆頭候補は「あの夜、マイアミで」でしょう。監督のレジーナ・キングは一昨年、「ビール・ストリートの恋人たち」でアカデミー助演女優賞を受賞すると、その後も大評判となったドラマシリーズ「ウォッチメン」に主演。その余勢を駆って監督デビューを果たした本作でも高い評価を獲得し、さらに株を上げました。まさに、いま映画業界で活躍する女性の象徴的な存在となっているキングだけに、アカデミー会員からの支持票が集まってもおかしくありません。

「ビール・ストリートの恋人たち」レジーナ・キング
「ビール・ストリートの恋人たち」レジーナ・キング

ブルックリン出身の女性監督エリザ・ヒットマンによる「Never Rarely Sometimes Always」も有力です。予期せぬ妊娠に対処しようともがく10代女性の心理を描いた本作は、前哨戦でも存在感を発揮しました。主演のシドニー・フラニガンタリア・ライダーも演技賞部門で有力視されるなど注目を集めています。

④社会情勢の反映

アカデミー賞は時代を写す鏡とも言われるように、ノミネーションや受賞結果にはその時々の社会情勢が反映されることが多々あります。コロナはもちろん、トランプ政権の余波、#BlackLivesMatter、#MeTooなど、アカデミー会員がそれらを無視する票を投じるようなことはないはずです。有力視されている作品はいずれもこれらのトピックを汲んだものばかりですが、なかでも特に注目すべき作品をいくつか選んでみました。

プロミシング・ヤング・ウーマン
TENET テネット
Judas and the Black Messiah
この茫漠たる荒野で

女性を食い物にする男たちに復讐する主人公をキャリー・マリガンが演じる「プロミシング・ヤング・ウーマン」は、#MeToo運動の流れを汲む作品です。前哨戦では「ノマドランド」に次ぐ実績を残していますが、その評価も扱うテーマと発表のタイミングがピタリと合った結果と言えそうです。

コロナ禍のさなかに公開された最大の話題作「TENET テネット」にも再び注目が集まりそうです。映画館での鑑賞体験こそ最重要というクリストファー・ノーラン監督の叫びが、アカデミー会員の心を動かすことになるのでしょうか。配信作品が圧倒的優位に立つなかで、劇場映画の代表とも言える本作が作品賞ノミネートを受ける資格は十分にあると考えます。ただし、いま現在、ワーナーとノーラン監督の関係性が最悪な状態のため、ワーナー側がこの作品をアカデミー賞に推すキャンペーンに力を注ぐかどうかは大いに疑問が残ります。

シカゴ7裁判」にも登場したブラック・パンサー党の指導者フレッド・ハンプトン暗殺事件の真実を描く「Judas and the Black Messiah」も時代を反映する一本です。MCU映画「ブラックパンサー」のライアン・クーグラー監督がプロデュースを担当し、「ゲット・アウト」でオスカー候補になったダニエル・カルーヤがハンプトンを演じて演技賞部門での活躍を期待されています。#BlackLivesMatter文脈では前哨戦実績上位の「ザ・ファイブ・ブラッズ」と票を分けるかたちになるかもしれませんが、逆転ノミネートの可能性は十分にあります。

画像5

前哨戦実績はやや劣るものの、「この茫漠たる荒野で」も大逆転の可能性を秘めた作品です。ポール・グリーングラス監督×トム・ハンクス主演というネームバリューもさることながら、シンプルにして力強く、分断されたアメリカという現代の情勢を反映している点もアカデミー会員に好まれそうです。

結論

5%以上の得票率を得た上位5〜10本が選出される現在のルールになってから今年でちょうど10年目となりますが、過去9年では8〜9本が選出されており、7本以下もしくは10本が選出されたケースはありません。ということで、ここでは作品賞にノミネートされそうな9本をピックアップしてみました。

ノマドランド(サーチライト・ピクチャーズ)
プロミシング・ヤング・ウーマン(フォーカス・フィーチャーズ)
ミナリ(A24)
シカゴ7裁判(Netflix)
Mank マンク(Netflix)
あの夜、マイアミで(アマゾン・スタジオ)
ファーザー(ソニー・ピクチャーズ・クラシックス)
この茫漠たる荒野で(Netflix)
Judas and the Black Messiah(HBO Max)

下馬評や前哨戦実績どおりに選ぶと、半数以上がNetflix作品になってしまうというのがおそろしい事実ですが、そこはアカデミー会員のバランス意識が働くと読んで、3本に抑えてみました。すると、どうでしょう。図らずも、劇場作品が4本、配信作品が4本、劇場&配給同時リリース作品が1本という絵に描いたような落とし所となりました。

現実にはここまできれいな着地とはならず、もっと極端な結果が出るかもしれません。いずれにせよ、93年のアカデミー賞の歴史のなかで、今年ほど異例づくしの年はなく、振り返ってみれば大きな時代の転換期だったと言える結果が待ち受けているのではないでしょうか。迫るXデーをドキドキしながら待ちたいと思います。

>>>【今年のアカデミー賞特集はこちら!】

筆者紹介

のコラム

総合映画情報サイト「オスカーノユクエ」中の人。映画賞レース好きのイチ映画ファンが、映画の楽しさをたくさんの人に伝えたい一心で地道な情報発信に勤しんでいます。Twitter: @oscarnoyukue

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