コラム:若林ゆり 舞台.com - 第53回

2017年3月3日更新

若林ゆり 舞台.com

第53回:「男はつらいよ」の原点となったフランス人情喜劇の瀧本美織がせつない!

フランスの国民的作家、マルセル・パニョルをご存じだろうか? 彼は映画作家でもあったが監督作は日本でちゃんと公開されたものがない。ただ、映画ファンなら「愛と宿命の泉」や自伝を映画化した「プロヴァンス物語 マルセルの夏」「プロヴァンス物語 マルセルのお城」の原作者として知っている人も多いはず。そのパニョルの、本国では誰もが知っている代表作が「マルセーユ三部作」といわれる戯曲。人情喜劇であり、せつない恋愛ドラマでもある「マリウス」「ファニー」「セザール」の三部作だ。

舞台は南仏の港町、マルセーユ。ここでカフェを営む男やもめのセザール、そのひとり息子マリウス、そして彼を恋しく思っている幼なじみ、ファニー。この3人と港町の愛すべき人々が織りなすドラマには、キャラクター・コメディの粋がいっぱいに詰まっている。昭和の喜劇人、また時代を超えて喜劇を愛してやまない人たちには多大な影響を与えたと言われており、ご存じ山田洋次監督も影響を受けた1人。倍賞千恵子主演で「ファニー」を翻案した映画「愛の賛歌」を撮っているし、そもそも「男はつらいよ」の世界はこの三部作からの影響が非常に大きいというのだ。その山田監督が、「いつか舞台で上演したい」という長年の夢を叶えたのが「音楽劇 マリウス」。三部作のうち「マリウス」と「ファニー」をまとめ、オリジナルの歌やフラメンコのダンスなどを盛り込んだ意欲作だという。

撮影:薄井一議、ハラダケイコ
撮影:薄井一議、ハラダケイコ

この作品は、まるで落語を思わせるような飄々とした会話が飛び交い、人情喜劇としての面白さが抜群。けれど話の中心にいる若い2人、マリウスとファニーにしてみれば悲劇も悲劇なのである。恋い焦がれるマリウスが船乗りになって海へ出たいと夢みていることを痛感したファニーは、彼と一緒になりたい気持ちを必死で抑え、彼を海へと送り出す。自分に求愛している小金持ちのやもめ、パニスを選ぶ気でいるように偽って。マリウスが旅だった後、彼の子を宿していることがわかったファニーは、すべてを知りながら受け入れようと言うパニスと結婚。そこへマリウスが帰ってくる……。

「本当にせつないですね。お稽古場で台詞を言いながら、泣いてしまうこともよくあります」と言うのは、ファニーを演じる瀧本美織

「最初に台本を読んだときは、私が生まれるずっと前のお話ですし、異国のお話でもあってなかなか馴染みにくいというか。言い回しもちょっと古い感じだったり、普段言わないような言葉だったりもして、ちょっと想像しにくいというところがあったんです」

そんな瀧本にとって大きな助けとなったのが、マルセーユという町だった。

「その土地の風や空気を実際に感じるっていうことがすごく大事なんじゃないかと思って、お稽古に入る前に行ってみたんです。そこでは本当に、人情の町というのを実感しました。出会う人たちが本当に素晴らしくて。人のために、見返りなんか何も考えずにしてあげるっていうことが当たり前にできる人たちなんだな、と感じました。みなさん、すごく地元愛が強いんですよ」

撮影:薄井一議
撮影:薄井一議

とくに、この芝居の主な舞台となっている店、「バー・ド・ラ・マリーヌ」を訪ねたときには素晴らしい出会いに恵まれた。

「そこにいた、パニョルが大好きだという常連の女性客の方と出会ったんです。私が日本で上演する『マリウス』でファニーをやるって伝えたらものすごく興奮して、いろいろなことを教えてくださったんですよ。背景や状況についても。当時は女性にとっては生きにくい時代で、シングルマザーなんて概念はなかったとか。旦那さんがいないのに子どもを産んだりしたら、とんでもなく悪い女性と見なされてしまったんだっていうこととか。そういうことを本当に熱を込めて話してくださって、感動してしまいました。次の日には『パニョルが実際に住んでいたお城があるから行ってみない?』と誘ってくださり、車を出して連れて行ってくださったんです。『マリウス』に導かれたような旅で、ファニーや作品への理解を深めることができてラッキーでした」

山田監督からは、マルセーユ三部作への愛やそこから受けた影響をたびたび聞かされている。

『男はつらいよ』が生まれたのも、この三部作のおかげなんですって。ファニーがさくら(倍賞千恵子)でセザールが寅さん(渥美清)、マリウスが博(前田吟)というふうに置き換えて発想したそうなんです。『マリウス』は異国の話ではあるけど万国共通のキャラクターっていうのがあるから、そこから拝借して、その三角形を中心に話が繰り広げられていったのが寅さんの世界なんだ、って。セザールとはケンカ友だちのパニスはタコ社長(太宰久雄)で。笑いも悲しみも、どの世界でも日本人と一緒なんだというところを今回の舞台で伝えたいとおっしゃっていますね」

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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