コラム:若林ゆり 舞台.com - 第121回

2024年1月17日更新

若林ゆり 舞台.com
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ジェンダー問題がより複雑化し、意識も変わった現代だが、そこをあえて深掘りしすぎていないのも潔い。ブロードウェイでのジェンダー格差問題、女性へのリスペクトはきっちり出しつつ、「ハッピーに笑って楽しめる」というコンセプトにあくまでも忠実なラインを保った。

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ここでは社会的メッセージより重視されているのが、笑いだ。映画はポラックによれば「撮影中、笑いが起こるようなことはまったくなかった」という。だが本作は、記者会見でキャストが口々に「稽古場に笑いが絶えなかった」と証言。翻訳もので演出家が海外の人だった場合、言葉と文化のギャップが笑いの邪魔をすることはよくある。アメリカン・ジョークをそのまま直訳しても、何が面白いのか謎、というモヤモヤが生まれがち。しかし山崎を筆頭に、今回のカンパニーは笑いへのこだわりがすごかった。マイケルと違い協調性が豊かな山崎らは、みんなで何度も「この言葉ではどうか、こっちのほうがいいんじゃないか」と会議を重ねたという。その効果がてきめんで、すんなり腑に落ち、ゲラゲラ笑えるのだ。

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さらに、変更されたキャラクター設定が面白くてツボる。ドロシーに言い寄る共演者は昼メロの老スターではなく、やたら素直で筋肉バカなロミオ役者(ゲネプロでは岡田亮介、おばたのお兄さんとダブルキャスト)。恋する女優ジュリー(愛希れいか)はシングルマザーではなく、ちょっぴり男っぽさも感じさせるキャラクターになっていて、ある衝撃的な決意をしてマイケルを(観客をも)驚かせる。

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また、映画ではマイケルと一度だけベッドをともにし、次のデートを期待し続けていた女友達のサンディ役(テリー・ガーがコメディセンスを発揮)は、感情の起伏が激しいマイケルの元カノとなり、昆夏美が体当たりのハイテンション(ときにヒステリー)演技で爆笑をさらう。そして、ジェフ役の金井勇太だ。映画で独特の味を出していたビル・マーレイの、いかにもマーレイらしい脱力感。なんともいえない「間」のおかしみが、日本人の感性で完璧に表現されているのだ。たとえば、マイケルと顔を合わせて「…………」。しばらく言葉が出てこない、放送事故のような時間のおかしさ! 歌もうまい。このほか全員が、キャラもセリフも間合いも顔芸も、最高。

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しかしなんといっても、大成功の立役者は山崎だ。映画は、実際に演技オタクであるホフマンの技量が全編を支えていて、ほとんど「ダスティン・ホフマン映画」と言っても過言ではない作品。ホフマンの外見は普通のオッサンで、中性的でも少年っぽい感じでもない。それがドロシーに化けるのが圧巻だった。2時間以上かけて剃毛とメイクをして、完璧に変身してみせた。もともと、彼が前作「クレイマー、クレイマー」で、離婚によって息子の父親と母親、両方の役割を担うハメになる男を演じたことが、企画の始まりだった。つまりホフマンのための当て書きであり、彼の意見が濃厚に反映された役。ホフマンが「自分のなかにあった女性蔑視に気づかされ、多くを学んだ」この作品は、それゆえ「自分にとってはコメディではない」と語られた。

この役が山崎によって、ホフマンとはまったく違った輝きと魅力を放っている。山崎にはもともと中性的なムードがあり、華奢で体毛も濃くない。女装だって「プリシラ」などで経験済み。想像がつく、と思うかもしれない。しかし、彼はふたつの面で説得力と意外性を強く印象づけた。ひとつは、山崎にはやさしげな風貌や物腰とはかけ離れた「男っぽさ」があるということ。責任感、座長としてみんなを率いるリーダーの資質、有言実行の姿勢など、彼の言葉を聞けばわかる個性が、この役で生きている。「エリザベート」のルキーニを演じたときより、今回のマイケルの方がリアルに男っぽく、色っぽいと感じる。ふたつめは、彼の化けたドロシーが、実際に女性だと信じられて、女性として魅力的だと思えること! ブロードウェイ版のフォンタナがこの役に選ばれた理由のひとつが「喉仏が目立たない」ことだったというが、山崎の首にも喉仏は見当たらない。肌のきめは細かく、しかも膝下のほっそりとした脚線美は、女性でも嫉妬を覚えるほど。

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その山崎がほぼ出ずっぱり、出ていないときは舞台裏で汗だくなのが想像つくほどの早着替えと、フル回転で観客を魅了する。彼のマイケルはホフマンほどオタクっぽさや変人くささはないものの、ドロシーになりきる力はホンモノだ。冒頭や、同居する親友ジェフの前では「あまりイケていない、苛立っている男性」だが、騙さなければいけない共演者の前では、指先に至るまで力を抜かず、全身に「チャーミングな女性」をみなぎらせる。本気で、すごくかわいい。このギャップを演技と早着替え、そして高音と低音、声の使い分けによって見事に表現。マイケルとドロシーを行ったり来たりする彼の姿は、圧巻でありながらお腹を抱えて笑い転げたくなる。本物のお笑い芸人たち(おばたとエハラマサヒロ)に「面白すぎ」と太鼓判を押された山崎、恐るべしである。そして笑いのなかでハッとさせられる真実、心の動き、成長が読み取れ、グッとくることも間違いない。カラフルな要素が心を揺さぶり、温めてくれるのだ。

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ネタバレは避けるが、映画を愛する人にとっても、ラストシーンは心に残るものになるはず。映画を見ていない人も、舞台を見たことがない人も、この作品でハッピーな観劇体験をして、ぜひ、心にパワーとエネルギーをもらってほしい。必見だ。

ミュージカル「トッツィー」は1月30日まで東京・日生劇場で上演中。その後、2月5日~19日に大阪・梅田芸術劇場メインホール、2月24日~3月3日に名古屋・御園座、3月8日~24日に福岡・博多座、3月29日~30日に岡山・岡山芸術劇場で上演される。詳しい情報は公式サイト(https://www.tohostage.com/tootsie/)で確認できる。

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筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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