小野寺章 : ウィキペディア(Wikipedia)

小野寺 章(おのでら あきら、1884年(明治17年)12月10日衆議院『第五十五回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1928年、21頁。 - 1935年(昭和10年)2月3日『官報』第2426号、昭和10年2月5日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)、実業家、弁護士。

経歴

岩手県東磐井郡黄海村(現在の一関市)に小野寺治平の二男として生まれる『東京弁護士名家録』。1909年(明治42年)、明治大学を卒業。卒業後は「刑法研究会」をおこして、研究調査に励んだ。1913年(大正2年)、弁護士試験に合格し、法律事務所を開いた。また日本林産株式会社を創業して取締役に就任し、さらに京浜窯業株式会社の監査役も兼ねた。

1928年(昭和3年)、第16回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第17回・第18回と当選を重ねた。その間、東北振興会幹事として、昭和東北大凶作や昭和三陸地震の救済に尽力した故小野寺章位記追賜ノ件

参考文献

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2021/03/11 12:59 UTC (変更履歴
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