アマゾン従業員によるストライキの裏側、新鋭監督の注目作――40周年のサンダンス映画祭、注目した5作品を紹介

2024年3月8日 12:00


「Union」
「Union」

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


今年で40周年を迎えたサンダンス映画祭。世界中から1万7435本の作品が出品され、その中から82本の長編作品、8つのエピソード作品、1本のフロンティア部門作品が上映された。筆者自身は、今年もオンライン取材を通じて3度目の参加。今回は、取材を進めるなかで、特に気になった5作品を紹介したい。

●「Union」

まず紹介するのは、インターネット通販の最大手アマゾン・ドット・コムの従業員が、新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、労働環境の安全性や賃金への懸念を訴え、ストライキを起こした過程を捉えた作品。

アマゾンは、実店舗が対抗するのはほぼ不可能だと思えるほど、驚異的なスピードで商品を届けることでも知られている。この分野を独占的にリードできたのは、労働者の活躍があるはずだ。だが現実は、労働者への対応は希薄なもの。さらにAI導入による変化、コロナ禍で環境が変わるなど、不当に解雇された人々や現役従業員から不満の声が上がってくる。

無慈悲な形で解雇を通告された元従業員の姿や、長時間労働のわりに賃金が見合っていない現実を浮き彫りにしつつ、ニューヨーク市スタテン島の物流倉庫「JFK8」の労働者グループが、アマゾン労働組合(ALU)を立ち上げる過程が描かれていく。発起人のクリス・スモールズを中心とした同労働組合は、世界最大かつ最も強力な企業に対して、改革を求めた戦いを挑んでいくことになる。

映画内では観客を驚かせるような統計が数多く引用され、また、そもそも労働組合を作ること自体が、なぜこれほど困難なものなのかも描かれていく。アマゾンの従業員の離職率は非常に高い。半年ごとにほとんど新しい従業員が働いている。ALUに対して、アマゾンは「現在同社で働いていない従業員の署名は無効とみなされるべき」と主張してきたり、あらゆる優秀な弁護士を使って対応。ストライキの際は、元従業員たちをセキュリティチームが敷地外に追い出そうとする光景なども描かれていく。

映画は、まだまだ解決の糸口が見えないまま終わっていく。しかし、多くの人々に“出来事を伝える”という重要な役割を担っていたことは間違いない。

●「Black Box Diaries

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映画祭が始まる前に注目していた作品だ。ワールド・ドキュメンタリー部門に出品されていた本作は、ジャーナリスト・伊藤詩織氏が、著名な性的加害者を起訴するために、自身の性的被害を自ら調査に乗り出していく。その過程で、日本の司法制度と社会状況を浮き彫りにしながら、事件の真相に迫っている。映画内には、伊藤氏と起訴された人物がホテルに入る前の監視カメラ映像、ホテルの従業員やタクシーのドライバーの証言も含まれている。

私自身は、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」で働いていた経験があり、起訴された人物がTBSのワシントン支局長だったことから、日本でこの報道が紙面やインターネットを賑わしていた頃から注目していた。もちろん当事者である本人たちにしかわからない事実を、さまざまなメディアが過去の出来事とつなぎ合せ、憶測で記事化したり、一般の人々の心のないコメントも見てきている。

映画内では、日本では性被害を受けた女性のうち、全体の4%しか被害を警察に訴えることができていないという事実が伝えられている。実際に性被害者が被害を受けた直後は、そのトラウマですぐに警察に被害届を提出することができないことが多々ある。そして、届け出が数日遅れてしまうと、性被害を受けたというフィジカルエビデンスの立証が難しくなるという現実を突きつけられる。

性的被害を訴えるまでにいくつかのハードルがあるばかりでなく、それを表沙汰にすることで、一生モノの十字架を背負って生きる覚悟が持てるかどうかという点も重要だと気づかされる。さらにセカンドレイプとも言える誹謗中傷を受けることが、自分の生活を取り戻すうえで、かなりのリスクになるという点にも言及している。

今回、私は伊藤詩織氏に単独インタビューを敢行しており、センシティブで答えにくい問題を、正直な言葉で語ってもらっている。その際、メディアの取材のあり方、法律、警察の対応といった“さまざまな日本の仕組み”が改善されるべきだと認識させられた。本作は、日本での性的な問題を扱った事件や出来事に関して、大きな指針となりえる映画になるかもしれない。

●「Didi」

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U.Sドラマ部門で観客賞を収めた話題作「Didi」を紹介したい。1994年生まれ、弱冠30歳の新星ショーン・ワンが手がけた作品だ。高校への入学(=アメリカの高校は4年制)を控えた最後の夏休み、多感な台湾系アメリカ人の少年クリス・ワン(アイザック・ワン)が、スケートボードの撮影の仕方、女の子とのいちゃつき方、うっとうしい存在だった母親への愛情の示し方を学んでいく姿を、しっかりと“少年の目線”で捉えた作品で、「スタンド・バイ・ミー」を彷彿させる映画でもある。

映画の舞台は、2008年、MySpaceからFacebookに人々が移行し始めた“ソーシャルメディアの黎明期”だ。クリスは、女の子の前では何もできない控えめな少年であり、おバカな仲間・ファハッド(ラウル・ダイアル)、度を越した悪ふざけをするスープ(アーロン・チャン)という友達がいる。

そんなクリスには、マディ(マハエラ・パーク)というひと目惚れをしてしまった女の子がいるのだが……近くで会話を聞くのが精一杯という状況だ。それでもソーシャルメディアを通じて、彼女の好みを調べ、観たこともない「ウォーク・トゥ・リメンバー」(原作:ニコラス・スパークス/主演マンディ・ムーア)を“好きだ”といって距離を縮めようとする。

うまく言葉に表現できない感情を、ソーシャルメディアの文字や絵文字に託し、好きな女の子の心を探る。誰もがハラハラ、ドキドキする“共感”を抱くことができるような微笑ましい光景だ。

一方、これから大学に通う予定の犬猿の仲の姉ヴィヴィアン(シャーリー・チャン)、父親がビジネスで海外にいるため、祖母の面倒を見ることに疲弊している母親(ジョアン・チャン)といった存在もいる。前半、クリスとの関係は希薄だが、徐々に重要な存在であることが示されていく。さらに家庭では中国で会話、学校では英語で会話をするという、アメリカの移民家庭で育った少年少女たちが共鳴できる部分も多く描かれ、そして自身が学校やクラスメイトに馴染めていないのではないかという繊細な心情も、丁寧に描かれているのが魅力的な作品だった。

●「Daughters」

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続いて紹介するのは、U.Sドキュメンタリー部門で観客賞を収めた秀作。子どもは、両親を自分で選ぶことはできない。そのため、形成される人間性は、両親によって大きく変わることが明白だ。特に、父親が刑務所に長い間、収監されている子どもたちにとっては、かなり大きな影響を及ぼすことだろう。

そんな精神的、あるいは身体的な距離を縮めるために、アンジェラ・パットンという女性が、ワシントンD.C.の刑務所におけるユニークな父親参加型プログラムの一環として、特別なイベント「ダディ・ドーター・ダンス」を立ち上げる。娘に会いたい父親の心理を捉えつつ、父親不在の中での精神的に不安定な娘たちの姿を映し出し、家族にとっての一大イベント「ダディ・ドーター・ダンス」に焦点を当てている。

映画は、オーブリー・スミス、サンタナ・スチュアート、ジャアナ・クルダップ、ラザイア・ルイスといった4人の少女を中心に描いている。すぐに父親との再会を切望する5歳の女の子・オーブリーもいれば、頻繁に事件を起こし、刑務所への収監、出所を繰り返す父親マークを持つサンタナは、子どもでいることが辛いので、自分もすぐに母親になりたいと語り出す。その一方で、父親マーク自身は、16歳の時に14歳の女の子(母親)を妊娠させ、サンタナができたことで苦労したために複雑な心境に陥っている。

11歳のジャアナは、人生において父親と過ごしたことがほとんどなく、彼女の母親も父親を会わせることを躊躇っている。15歳のラザイアは父親がもたらした影響で、自死を口にしてしまうこともある繊細な女の子としてとらえられている。“父親の不在”が、いかに大きな影響を与えるのかが淡々と描かれていくのだ。

本作は「ダディ・ドーター・ダンス」を立ち上げたアンジェラ自身が、ナタリー・ライと共同監督を務め、およそ8年かけて完成させたもの。少女たちの希望、夢、失望の声を率直にとらえ、一貫性を持たない父親像を浮き彫りにしていく。実年齢を遥かに超えた少女たちの自覚と成長を丁寧に描きつつ、家族と会えない状況、父親たちの後悔の念をしっかりと映し出している。刑務所に収監された囚人の固定概念を排除し、家族の絆の重要性を見事にカメラに収めていた。

●「サンコースト

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配給会社も決まっていない出品作も多いサンダンス映画祭。この作品は、既にサーチライト・ピクチャーズ配給、米Huluでの配信が決まっていたフィクション作品だ(日本ではディズニープラスで配信中)。核となるのは、全米を騒然とさせたテリ・シャイボ事件(2004~05年にかけて、昏睡状態の女性患者テリ・シャイボさんの尊厳死を巡り、国を二分するような議論が展開された出来事)。シャイボさんと同じホスピスに入院している昏睡状態の少年、彼の世話と自身の仕事を両立させていることで疲弊し、苛立つシングルマザー。彼らの関係性を、少年の姉の視点でとらえている。

メガホンをとったローラ・チン監督の半自伝的な作品ではあるものの、主人公ドリスが体験する出来事は、ローラ監督の実体験とは異なった物語として描かれている。

フロリダ州のクリアウォーター、クリスチャン系の学校に通う17歳の高校生ドリス(ニコ・パーカー/女優タンディー・ニュートンの娘)には、脳腫瘍のせいで昏睡状態となっている弟がいた。仕事を掛け持ちしながら、ホスピスに移ったばかりの弟の面倒を見ているシングルマザーの母親との暮らしは、平穏なものではなかった。ところがある日、弟の死が近づいていることが判明。母は、ホスピスで弟とともに“一緒に眠る”日々を送ることを決断した。塞ぎ込んでいた家庭環境から解放されたドリスは、クラスでも一目置かれているグループと接触。そんな彼らを、母親が留守の間に自宅に招待しパーティーを開いたことで、ドリスはポピュラーな女の子になっていくのだが、友人たちには昏睡状態の弟がいることを言えないままだった。

昏睡状態の弟がいる現実、友人たちとの楽しい日々。そんななか、テリー・シャイボ事件に抗議する男性ポール(ウッディ・ハレルソン)と出会うことになるドリス。母や友人に伝えられない心情を吐露していくことで、なんとか自分を保とうとしていた。

弟ばかりに気をとられていた母親、彼女と距離を置いていた娘が、家族の大切さを見つめ直していく。“昏睡状態の家族がいる”という設定であれば、シリアスなトーンになりそうだが、本作は全編にわたってウィットに富んだジョークや辛辣な表現が、心地よいテンポで描かれており、今年のサンダンス映画祭では個人的に一番お気に入りとなった。

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