「撮らないと私の人生じゃない」“特殊効果の神”の執念 制作期間30年「マッドゴッド」完成までの道程

2022年12月2日 09:00


“特殊効果の神”が制作期間30年をかけた最新作「マッドゴッド」を語る
“特殊効果の神”が制作期間30年をかけた最新作「マッドゴッド」を語る

スター・ウォーズ」「ロボコップ」「スターシップ・トゥルーパーズ」シリーズなど、誰もが知る名作の特殊効果を手掛け、その後のSF作品に多大な影響を与えた巨匠フィル・ティペット。“特殊効果の神”が制作期間30年をかけた最新作「マッドゴッド」が、12月2日に公開を迎えた。

ティペットは、ハリウッドの錚々たる大物監督たちから尊敬されるハリウッドの歴史の一端を担う人物。例えば、こんな巨匠たちが賛辞を贈っているのだ。

「人生にはフィル・ティペットが必要だ」(スティーブン・スピルバーグ

「巨匠であり、師であり、神だ」(ギレルモ・デル・トロ

「彼以上のマスターはいない」(ポール・バーホーベン

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約30年前、ティペットは「ロボコップ2」の撮影後に本作のアイデアを閃き、地道に製作を続けていた。だが、「ジュラシック・パーク」で時代が転換点を迎え、ティペットの代名詞である手作りの視覚効果から、業界が本格的にCG映像へと移行し、プロジェクトは中断された。それから20年後。ティペット・スタジオの若きクリエイターたちが倉庫を掃除しているときに奇跡的に当時のセットを発見し、彼らの熱望により企画が再始動。ティペットは新世代のアーティストや職人に教え、愛情込めた作品を蘇らせた。

地獄のディストピアを巡る物語が展開するダークファンタジー「マッドゴッド」。公開に伴い、日本のファンに向けたメッセージ動画に加え、オフィシャルインタビューが到着。これまでの歩み、名作へのオマージュ、「音」へのこだわりなどを語り尽くしている。


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――1990年の「ロボコップ2」の後に、この「マッドゴッド」の制作に取りかかったそうですが、当時の思いから教えてください。

つねに自分の映画を撮りたいという夢は持ち続けていました。それまで私のスタジオで恐竜の作品など多くの短編は作ってきて、機材も揃ったので、監督作のタイミングが訪れたと悟ったのです。「撮らないと私の人生じゃない」という感覚でしたね。

――ただ、その時点では数分の映像しか完成しなかったわけですが、今回の完成までどのようなプロセスがあったのでしょう。

12ページの脚本が存在していましたが、すべてが曖昧な表現でもありました。数分の映像のためのストーリーボードも制作しました。ストーリーボードには少しだけアニメーションも使用しました。ただし当時のアイデアでは6分か、せいぜい10分くらいの長さの作品になっていたでしょう。その後、20年くらいの間、折に触れてスケッチをしたり、アイデアを頭から引き出したりしていました。私は小説はあまり読まないのですが、美術や科学にインスパイアを受け、それらを“消化”するように世界観を広げていった気がします。まぁ覚えていないことも多いですが(笑)。

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――そして20年後、ティペット・スタジオの若いスタッフが当時の人形やセットを見つけ、ぜひ作品を完成させようとプロジェクトが始まったわけですね。

そのとおりです。スタジオの若いクリエイターたちは、実物を相手にした手作業の経験はありません。ストップモーションのためのセットの作り方、照明の当て方など、すべてを基本から教えることになりました。彼らはまるで天国にいるようにその作業を楽しんでいましたよ(笑)。ストップモーションの喜びを伝えられたと思っています。彼らはCGアーティストですが、絵作りに関しては有能です。スタジオではリード・コンポジター(映像合成)だったクリス・モーリーが、「マッドゴッド」では撮影監督を任せることができました。そんな風に彼らがストップモーションに対応してくれたうえに、多くのボランティアの協力もあって作品を完成することができました。

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――最初の数分の映像もそのまま「マッドゴッド」には使用されているのですか?

当時の約3分の映像は、そのまま今回も使っています。戦士アサシンが、さまざまな生き物がうごめく世界に足を踏み入れるシーンでは、当時のアニメーターの2人の子供に猿の衣装を着せ、檻の中でケンカしてもらいました。また病院へ入っていくシーン、聖堂の前で赤ん坊のような声が聞こえるシーンなどは、30年前にブルースクリーンで撮影したものです。最終的にそれらをうまく新たな映像と合成することができました。

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――「マッドゴッド」には「2001年宇宙の旅」や「メトロポリス」、「イレイザー・ヘッド」など、さまざまな名作へのオマージュを発見できますが、あなたが特に思いを込めた作品や映画作家を挙げてください。

キングコング」(1933年)やレイ・ハリーハウゼンカレル・ゼマン……と、どんどん出てきますが、私が尊敬の念とともに最も影響を受けたのは、F・W・ムルナウフリッツ・ラングなどドイツ表現主義の映画ですね。基本的にサイレント映画が好きなんです。ハリウッドではトーキーが一般的になってから、スタジオはビジネスの場となり、スターシステムが形成され、一つの作品の脚本に7~8年もかけて、それが無理なら作品が文字どおり“風と共に去りぬ”なんてことになりました。会話だらけの物語は私にとって逆に退屈なんです。だからムルナウの時代を愛してしまうのでしょう。

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――たしかに「マッドゴッド」はサイレント映画のように会話はほぼ皆無ですが、「音」への強いこだわりは感じられます。

音楽もこの作品を発動させた要素です。私が重視したのは、映像と密接に連動するスコアでした。流れる音楽のトーンから映像のイメージを作ろうとした部分もあります。その点で幸運だったのは、地元の作曲家、ダン・ウールとの出会いでした。かなり早い時期にダンが10分ほどのスコアを書き上げ、それが冒頭の巨大な城の映像に重ねられたりして、音楽は作品の素材になりました。音楽と映像の同時進行で、クラウドファンディング用の10分ほどの短編は完成したのです。そうした共同作業の後、サウンドデザインにリチャード・ベッグスが加わりました。「地獄の黙示録」でアカデミー賞音響賞を受賞した偉大な才能なので、これは奇跡でしたね。彼らとの仕事は2008年から、たしか2012年か2013年まで続いたと思います。

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――この作品は、あなた自身の心を表現していると言ってもいいのでしょうか?

私は双極性障害で自閉症、失読症です。朝起きてから好きなことをやり始めると、疲れ果てるまで続けてしまいます。作業のやり過ぎで手が使い物にならなくなっても気づきません。そして数日、あるいは数週間、休んでしまうのです。「マッドゴッド」は、私がみた夢を書き留め、夢の意味を考察した結果の作品でもあります。その点で重なるのは、心理学者カール・グスタフ・ユングの「赤の書」です。この本にユングは16年以上かけて取り組み、心の中の地獄へ降りて行ったのだと思います。現実を理解できなくなったこともあるでしょう。そうした深淵の世界で一度死んですべてを失った主人公が、生まれ変わったらどうなるか? 旅を始めた時と同じ人間ではありません……。

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