【「きっと地上には満天の星」評論】地下鉄の廃トンネルで暮らす母娘が地上の世界へ 生々しい感情演出が見事

2022年8月6日 08:00


「きっと地上には満天の星」
「きっと地上には満天の星」

共同監督・脚本・主演を兼ねたセリーヌ・ヘルドに映画のアイデアをもたらした「モグラびと/ニューヨーク地下生活者たち」は、地下鉄の廃トンネルなどで暮らすホームレスを取材したルポルタージュ。アメリカでは1993年に出版されたが、翌年、ニューヨーク市の治安改善と再開発を政策に掲げたルドルフ・ジュリアーニが市長に就任。浄化の波は地下にも押し寄せ、モグラびとのコミュニティは21世紀を待たずして崩壊した。そんな歴史を踏まえてこの映画を観れば、これが地下生活者の現状を問題視した社会派映画ではないことがわかる。中核に据えられているのは、あくまでも母と娘の関係だ。

母のニッキー(ヘルド)は、5歳の娘リトル(ザイラ・ファーマー)に、「背中に翼が生えるまでは、ここにいるのが安全だから」と地下で暮らす理由を説明する。過酷な環境にある子どもの心をファンタジーで守るニッキーのやり方は、強制収容所の生活はゲームだと息子に教える「ライフ・イズ・ビューティフル」の父親に似ている。しかし、強制退去の手が迫ったことで、ニッキーとリトルは、ファンタジーの通用しない地上の世界に出て行かざるをえなくなる。

その一夜の出来事を描いたドラマは、良い母親と悪い母親の問題を突き付けてくる。リトルの視点から見れば、惜しみなく愛情を注いでくれるニッキーは良い母親だ。しかし社会通念に照らせば、売春で生活費を稼ぐ麻薬依存症のホームレスで娘を学校に行かせることもできないニッキーは悪い母親だ。「フロリダ・プロジェクト」の母親と同様、娘に福祉の手が及ぶことを恐れているニッキーは、地下鉄の駅でリトルとはぐれた時も、たった一人で探さねばならない。その体験は、彼女にとって、母親としての能力と限界を知らしめる試練になる。名実とも良い母になれないなら、自分は娘のために何ができるのか? ニッキーの混乱と焦燥感、葛藤のすえの覚悟を、この映画は疑似体験させる。生々しい感情演出が見事だ。

(矢崎由紀子)

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