【「GAGARINE ガガーリン」評論】パリ郊外の団地を「2001年宇宙の旅」に変えた、瞠目のファンタジー。

2022年2月20日 09:00


「GAGARINE ガガーリン」
「GAGARINE ガガーリン」

パリ郊外の老朽化した団地が、あたかも「2001年宇宙の旅」のような様相を呈する。これほど独創的な低予算映画を、いったい誰が想像できただろう。

本作は社会派映画でもSF映画でもない。だがその両方の要素を含みつつ、そこに若者の夢と詩情をまぶし、かつて観たこともないような作品に仕立てている。

題名のガガーリンは、宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンの名前に由来し、実際にパリに存在した低所得者用集合住宅を指す。1961年、パリ郊外にこの団地が建てられたとき、ガガーリン本人が訪れたことでも知られる。当時は画期的な現代的設備を備えたコンクリートの団地はしかし、長い年月のなかでの老朽化と、アスベストなど建設基準の問題から解体が決まり、2019年に取り壊された。本作はそんな「消えゆくランドマーク」にオマージュを捧げた作品でもあるのだ。

新しい恋人に夢中の母親に見捨てられ、団地にひとり住む16歳のユーリは、なんとか隣人や友だちに助けられながら日々の生活を送るのが精一杯で、とても将来を考えるどころではない。そんな彼にとっては、想像のなかで憧れの宇宙飛行士になることが、唯一の慰めだった。だが、ある日団地の取り壊しが決定し、友人たちもどんどんと立ち退いていく。ひとり取り残されたユーリは徐々に、自分だけの幻想の世界に身を置くようになる。

団地の内部を宇宙船のように改造し、植物を育てながら籠城する彼は、冷静に考えれば「シャイニング」の主人公のようなものだが、ファニー・リアタールジェレミー・トルイユ監督はあくまでユーリの視点から、ファンタジーに満ちた空想の宇宙を描く。階段の踊り場を下から上へ、ふわふわとユーリが浮遊する様、冴えないコンクリートの団地がまるで空に向かってそびえたつNASAの基地のように見えるショットなど、何気ない風景に魔術を施す彼らの感覚にはっとさせられる。

またユーリが思いを寄せるノマドの少女(「パピチャ」「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」のリナ・クードリ)との絆に、初々しい青春の芳香が漂い、淡い恋物語の輝きを添えている。

これが初長編となったリアタールとトルイユ監督は、すでに次回作をアメリカで準備中という。新たな才能の誕生を祝福したい。

(佐藤久理子)

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