磯光雄と吉田健一が「地球外少年少女」で描くのは“分からなくても大丈夫”な面白い宇宙

2022年1月28日 19:00


1月28日から2週間限定で上映中
1月28日から2週間限定で上映中

多くのアニメ作品でエポックとなる作画の仕事をしてきた磯光雄が、初監督のオリジナルテレビアニメ「電脳コイル」(2007)を送り出してから15年。待望のオリジナルシリーズ「地球外少年少女」の前編「地球外からの使者」が、1月28日から2週間限定で上映中だ。劇場公開限定版ブルーレイ&DVDは、2月11日に発売される(劇場上映と同日からNetflixでの全話配信も開始)。

誰もが宇宙に行けるようになった2045年、日本の民間宇宙ステーション「あんしん」を舞台に、宇宙旅行に訪れた子どもたちと月で生まれた少年たちによる冒険物語が全6話で描かれる。本作で原作・監督・脚本を務める磯監督と、「エウレカセブン」シリーズや「ガンダム Gのレコンギスタ」で知られるキャラクターデザイナーの吉田健一のふたりに話を聞いた。(取材・文/編集部)

――おふたりが一緒に作品をやろうとなったのはいつ頃なのでしょうか。

磯:吉田君に本作の企画を見せたのは、2016年頃だったと思います。「吉田君とは一回仕事をしないとなと思っていたので、このなかからどれか一緒にやらない?」といくつかの企画を見せたら、吉田君は「地球外少年少女」をすっと指さして。

――吉田さんは「地球外少年少女」のどこにピンときたのでしょうか。

吉田:もう宇宙ものっていうところですね。もともと宇宙ものをやりたい気持ちがあって、自分たちが生きている“地続きの未来”としての宇宙をちょっとやってみたかったんです。「電脳コイル」をつくった磯監督の見せる宇宙はおそらく我々の身近なものになるだろうし、それはぜひやりたいと思いました。

磯:吉田君は、流行っているからとかではなく宇宙がほんとに好きなんです。これまでもそうしたモチーフでCDジャケットのイラストなども描いていて、専門知識があるわけではないけど、やっぱり好きなんだろうなと思っていて、それがちょうどいいんですよ。専門知識があるとちょっと面倒くさいんで、ないほうがいい。それでも実際に描いてもらうと、宇宙服の特徴などちゃんと押さえてそれっぽく描けるっていうね。それって絵描きとして正しいと思います。
 宇宙を題材にしたことで関連して言うと、我々はジブリで仕事をしたこともあるから余計そう思うのかもしれないですけど、アニメ業界がある時期から日常から遠いところではなく、身近なところにある題材を描くほうが格好いいという流れにあったように感じていて。

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――鈴木敏夫プロデューサーが、宮崎駿監督の発言として紹介された「企画は半径3メートル以内に転がっている」に代表される流れですね。

磯:そうそう。もちろんそれも魅力的なんですが、そっちに傾きすぎなんじゃないかなと。「電脳コイル」でもそれに近いところをやりましたが、日常の地平線の向こう側が現れる話をやっていたつもりで、結局はその向こう側に行きたいわけです。それがどこにも行かなくていいとなると、どんどん世界が小さくなっているような気がしていて。そもそも、日常もののほうが……というのも、スケールが大きいアニメばかりが流行るなかで、小さい世界でもそれ以上に面白いものを見せてやるぞ、みたいなのが格好いいわけで、今は逆になっている。

吉田:磯さんが今言われたような流れがメインストリートのようになり、とりあえずその道を歩けばいいみたいな感じになっている気が僕もしていました。脇道というか実は他にもいっぱい道があって、「電脳コイル」はそういうところを見せてくれた感じがあったんですよね。

磯:自分らの世代は、日常から遠く離れた世界を見せてくれる作品に多く触れてきましたから。それが「地球外少年少女」の企画当時はスタッフもお客さんも「ゆとり世代」と言われる若い人たちが多くなって、今お話ししたような価値観が通じづらくなっていたんです。日常系の話は好きで見るけど、そうでないものは「面白ければ見るけど」ぐらいな感じで、とにかく関心がない。それは好みなんで何が正しいとかいう話じゃないんだけど、そんななかで吉田君は数少ない話のできる人だったんです。

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――吉田さんとのキャラクターデザインづくりで印象的だったことはありますか。

磯:吉田君は、アニメーションのデザインというものをひとつの仕事としてとらえて、そこで何かをやることを強く意識しているデザイナーだなと思いました。物語や作品の世界観に関わってくるレベルの本当にいろいろなことを考えていて、それをデザインとして生かすためのカードをもっているんですよね。一緒にやっていて、「あっ、そこでこのカードを切るか」みたいなことが多くあって、そういうことは普通のアニメーターが考えるデザインからは、なかなか出てこないと思うんです。そうしたデザイナーの起源は、いろいろな考え方があると思いますが、アニメ業界ではやはり安彦(良和)さんぐらいしかいないんじゃないかと思います。吉田君にはそうした志向が飛び石的に受け継がれているような気がして、初めて安彦さんの絵を見たとき、当時中学生でしたけど「普通のキャラデザじゃないな」という特別感がハッキリと分かったんですよね。
 我々の世代は「デザインすることで何かがおこる」という感覚をもっていて、そうした感覚をもっている最後のキャラクターデザイナーは吉田君含め数人ぐらいじゃないかなと思っています。

吉田:(恐縮した様子で)ああ、ありがとうございます。

磯:日本のアニメのキャラクターデザインの流れを振り返ると、やっぱり安彦さんには突然変異っぽい感じがあるんですよね。その遺伝子がいったん途切れ、それが吉田君に隔世遺伝的に受け継がれているように感じています。吉田君のことはジブリの新人の頃から知ってますけど、「(OVERMAN)キングゲイナー」の絵を見るまで、こんなに化けるとは思いませんでした。

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――作品の舞台となる民間宇宙ステーション「あんしん」にはコンビニがあり、スマートデバイスを使って実況生配信をする描写もありました。

磯:21世紀の宇宙を想像したとき、今の若い人は絶対に宇宙にはいかないだろうなと思ったのですが、とりあえずコンビニがあってネットが繋がれば行ってもらえるんじゃないかなと。それで宇宙ステーションにコンビニをつくったんです。ついでにカニもおいておきました(笑)。
 もうひとつ、今の若い人で唯一宇宙に行きそうなのはYouTuberだろうと思ったんです。フォロワー数やチャンネル登録者数が伸びるとなったらたぶん行くんじゃないか(笑)。そんなところから美衣奈というキャラクター像を発掘することができました。美衣奈はほんとにいいお客様で、彼女が分からないことは分からなくても大丈夫です。

吉田:「分からなくても大丈夫」は、実際そうですよね。僕はエポックと言われるアニメ作品を子どもの頃に見ましたが、分からない単語がたくさんあっても楽しめましたし、「宇宙戦艦ヤマト」では波動エンジンを見て波動という文字を覚えました。これってけっこう大事なことだと思っていて、分からなくても見せるとやっぱり引っかかるんですよね。そこから自分なりに掘りさげて世界をとらえることができることもあるので、「地球外少年少女」でも美衣奈がそういう役割を果たせれば面白いかなと思っています。

磯:ただ、美衣奈についていけばいいというのは、美衣奈についていけばすべてが分かるということではないんです。というのも、私は見ている人がすべてを分からなくてもいいと思っていて。分からなくてつまらない話をつくったら負けだと思いますけど、分からなくても面白ければ勝ちなんじゃないかなと。分からせようとして長々と説明してつまらなくなるより、「分からないけど面白い」を維持さえすれば、これはエンターテインメントとしては踏み外してないんですね。
 この作品をつくるにあたって、宇宙にくわしい人に話を聞いたりもしたんですけど、このことはなかなか分かってもらえませんでした。やっぱり正確にやるべきだ、説明のセリフを入れるべきだと説教されることが多くて。でも私が今回描きたかった宇宙は「正しい宇宙」ではなくて「楽しい宇宙」なんです。専門家から見たら間違っているところもちょいちょいありますけど、それ以上に面白くなるときはそのまま押し通しちゃうこともありました。「地球外少年少女」は宇宙を知っている人たちの勉強のためにつくったドキュメンタリーじゃなくて、宇宙を知らないけど「面白そう」って思ってくれる、次の人たちのためにつくったエンターテインメント作品のつもりなんです。その意味では問題ないんですよ。

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