【「ヘルムート・ニュートンと12人の女たち」評論】ファッション業界が舞台のドキュメンタリーだが、映画ファン・フレンドリーな1作

2020年12月5日 14:00


「ヘルムート・ニュートンと12人の女たち」
「ヘルムート・ニュートンと12人の女たち」

今から約50年前の1974年、シャーロット・ランプリングはフランス、アルルの高級ホテル、ノール・ピニュに引きこもり、全裸でテーブルの上に腰掛け、カメラに向けて挑発的な視線を投げかける。当時、彼女は同じ年に公開された「愛の嵐」(元ナチス将校とユダヤ人女性捕虜が再会して倒錯した関係にのめり込んでいく)の影響で、映画で演じた役のイメージと自分自身の間で揺れ動いていたとか。しかし、その写真のせいで、今に続く危険でミステリアスな個性を、幸運にも、確立できたのだという。そんなこともあるのだ。

シャッターを切ったのはドイツ人写真家のヘルムート・ニュートン。1970~80年代にかけて、セレブリティやトップモデルを次々と裸にし、ボンデージファッションを下半身に食い込ませる等、フェチズムとサディズムとマゾヒズムが入り混じった過激なファッション・フォトでトップを極めた天才だ。時にはモデルの片脚をマネキンの脚で代用して物議を醸したり、高級ジュエリーとローストチキンを共演させてブランドからクレームが付いたり、等々、常に危ない表現とユーモアで既存のモラルを嘲笑い、話題を提供してきたニュートン。本人は、「敵が多いほど楽しい!」と言い放つが、世間の常識に反するものについて、自由な議論が深まることは民主主義の基本。それは、ポリティカル・コレクトネスに支配され、反対意見が言い難い現在の風潮から見ると、なんと健全なことかと思う。まさか、40年以上も前のカルチャーを代表する写真家の実像に迫る本ドキュメンタリーから、そんなことを教わるとは思ってもみなかった。

長身でブロンドのモデルがカメラを見下げる、または睨みつける独特のアングルには、女性に憧れながらも、心のどこかで恐れているニュートンの本音、言い換えれば男性的文化の本質が表現されている、とは、同じく被写体になったコメンテーターの1人、イザベラ・ロッセリーニの言葉だ。だから彼が撮り残した女性たちは全員、たとえ恥ずかしい格好をしていても、神々しく、誇り高いのだと思う。女性蔑視とも取られかねない写真をよく見ると、逆に、男性から見た女性の強さと美しさがはっきり浮かび上がってくるのだ。一瞬を切り取った写真から撮った人間の中身が透けて見え、その写真が常に議論を呼び、一方で、撮られる側は魔法にかかったように要求に応え、その体験が後の人生に決定的な影響を及ぼす。少なくともヘルムート・ニュートンのアートワークに関しては、本質的に映画と同じ。これはもしかして、ファッション業界が舞台のドキュメンタリーとしては、珍しく映画ファン・フレンドリーな1作かも知れない。

(清藤秀人)

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