「水俣病を知ってください」 取材期間15年、6時間超の原一男監督最新作「水俣曼荼羅」東京フィルメックスで初上映

2020年11月17日 07:00


原一男監督
原一男監督

11月7日に閉幕した第21回東京フィルメックス(一部の作品は閉幕後にオンライン配信される)。コロナ禍においてなお一層の熱気をもって開かれた本映画祭で注目を集めた作品のひとつが、原一男監督「水俣曼荼羅」だ。取材期間15年、編集5年を経て完成した6時間超の本作には、水俣病事件の何十年にも渡る闘いや人間模様が凝縮されていた。日本初上映の翌日、原監督に話を聞いた。(取材・文/木村奈緒)

1956年5月1日に水俣病が公式確認されて以来60年超、今も患者としての認定や救済をめぐって裁判が続く水俣病事件。原監督と水俣の出合いは、「水俣─患者さんとその世界」をはじめとする故・土本典昭監督の水俣シリーズが発表された1970年代に遡る。

「私たちの世代にとって、ドキュメンタリーの世界では、土本さんと小川(紳介)さんの存在が大きかったんです。まだ映画をやる前の若い頃から、土本さんの水俣シリーズと小川さんの三里塚シリーズは、新作が出来たって聞くと勇んで観に行ってましたからね。でも当時は水俣病に深く入り込んで勉強することはなくて、『水俣曼荼羅』を撮るにあたって、私たちもカメラを回しながら勉強していきました」(原)

3部構成からなる本作。水俣病の病像をめぐる医学者の研究や、水俣病患者の生活者としての姿を描く一方で、作品を貫くのが現在に至るまで続く裁判闘争だ。

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「水俣病の闘争史というか市民運動史を見たときに、裁判を入れないわけにいかないんです。裁判の経過がそのまま市民運動の歴史と言えなくもないので。だけど、裁判闘争がポイントじゃないんです。やっぱり個別の患者さんたちの気持ちの深いところまで掘っていくことが重要だと思ってました。私は、“曼荼羅”という言葉を使う以前に、この映画は“オーケストラ”であると言っていたんです。現地に行くと分かるのですが、患者さんの支援をしたいと、かつて東京から水俣に移り住んだ人たちが今も運動を牽引している。患者さんだけでなく支援者も、映像を作る私たちも、テレビの人も、医者も、研究者も、みんな絡み合ってひとつの“水俣的曼荼羅世界”ができてるってことを表現しないといけないと考えていました」

監督の映す“曼荼羅世界”において、加害企業の存在は驚くほど薄い。水俣病患者としての認定・救済を求める患者に対する国・県の姿勢は、未だに水俣病が「終わっていない」「解決していない」と言われる理由を端的に表している。

「60数年間、政府・行政が水俣病を本格的に解決する手を打たなかった結果として、個人の幸せというレベルを超えて運動することが難しくなった。つまり、患者さんが自分と家族の幸せは自分で必死に守る方向へ追い込まれていったと言えなくもないんじゃないか。根本が解決してない中で、勝った裁判、負けた裁判ってあるでしょう。裁判に勝ってお金が入った人と、負けてお金をもらえなかった人の間で憎悪みたいなものが生まれたりして、運動をしている人の間でも考え方が違うんです」

「支援者でも、権力に頼らないでお金を作ってみんなで生きていく方法を探っている人もいれば、行政のお金で患者さんが生きていく施設を作ろうという考え方の人もいるし、いろんな考え方が渦巻いています。そういう人間関係に入っていかないと取材ができない。未だにタブーみたいな世界が残っていて、踏み込んで取材をしようと思っても、あまりにデリケートすぎて描けない部分もありました」

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医学的な成果を残すべく奔走する医学者、自立を願う胎児性患者、それぞれの理由から患者をサポートする支援者、組織の代弁者として矢面に立つ役人、それを撮る取材者、画面には映らない多くの人びと。そして、そのやり取りに涙したり、腹を立てたり、時に笑ったりする観客。しかし、こうしてスクリーンを眺めている我々観客は、水俣病と無縁なのだろうか。監督は、今の時代に水俣病についてのドキュメンタリーを観る意義についてこう語る。

「初期の頃は水俣病という名前もなくて、“奇病”“伝染病”と言われて差別が凄まじかった。公式確認されても『なんで水俣病なんて名前をつけるんだ?』と、水俣の市民全体が患者さんに温かい眼差しを持っているかと言えば、全然そんなことはない。そういう中で運動を引っ張った患者さんがいて、その人たちを映した土本さんの水俣シリーズを前期とすれば、私たちの作品は後期になるわけです。被爆2世という言葉がありますが、今、水俣病2世の人たちが大人になって、胎児性患者の人が還暦を迎えている。2世の人は、両親が水俣病患者で、自分も子どもの頃からカラス曲がりとか、立ちくらみとか症状があったけど、それを水俣病と結びつけることはあまりなかったと。でも、年をとるにつれて、水俣病症状が表に出てきているわけです」

「また、水俣湾は不知火海と直結しているわけで、対岸の天草から水俣病の症状を持った人たちが名乗りを挙げていて、一番の問題は、患者の数が今後も増えるであろうということです。有機水銀の含まれたヘドロをすくって囲いの中に押し込んで、汚染された魚をドラム缶に詰めて埋め立てただけで、なんの本質的な解決もされていない。未だに種類によっては水銀を体内に持っている魚がいて、それを食うわけです。含まれる水銀の量はかつてより少ないけど、少量の水銀を長年に渡って摂取すると、やっぱり蓄積されていく。魚に国境はありませんから、世界的な広がりを持つわけです。そういう怖さを理解してもらえるかどうか」

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監督は、自身の映画制作の手法について「撮れたものがどういう意味を持っているか、対象のもう一面を剥ごうとするんです。剥いで何かが見えてきたら、じゃあもう一枚と、奥へ奥へと剥いでいく」と語る。

フィルメックスでの上映後、ビデオメッセージで登壇した胎児性水俣病患者の坂本しのぶさんは「水俣病のことをもっと知ってください。お願いします」と観客に呼びかけた。水俣病を一枚、また一枚と剥いでいって、最後に見えるものは何なのか。環境を汚染し、生き物を殺し、人の一生を変えた責任を誰がどのようにとれるのか。60年以上に渡り現在進行系で続く水俣病事件の中で患者さんらが生きてきた年月に比べれば、「水俣曼荼羅」の6時間は短すぎても長すぎるということはないのである。

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