【「マーティン・エデン」評論】“ロマンティックなエゴイスト”なジャック・ロンドンを見事に表現している

2020年9月20日 21:00


ジャック・ロンドンを見事に表現
ジャック・ロンドンを見事に表現

[映画.com ニュース] ジャック・ロンドンといえば、かつては何度も映画化された「野性の呼び声」「白い牙」に代表される動物小説の作家として知られているが、近年ではロンドンの貧民窟を仮借なきリアリズムで描いた鮮烈なルポルタージュ「どん底の人々」、そして自己の飲酒体験を瞑想的に綴った「ジョン・バーリコーン」や魂の遍歴を赤裸々に吐露した長篇「マーティン・イーデン」のような自伝的物語こそが、この天才作家の本領を発揮した傑作として高い評価を得ている。

マーティン・エデン」は、その彼の代表作を19世紀のアメリカから20世紀イタリアのナポリへと舞台を移して描いているのがユニークである。労働者階級出身のマーティン(ルカ・マリネッリ)がブルジョアの娘エレナ(ジェシカ・クレッシー)と恋に落ち、作家を目指すが、決定的な階級間の隔たりがふたりを引き裂き、訣別を余儀なくされる。

この映画で際立って印象に残るのは、無学な青年だったマーティンが書物への愛に目覚め、出版社へ原稿を送るも幾度となく不採用の通知を受け、落胆しながらもタイプライターに向かって無心にキーを打ち続ける場面だ。乾いたタイプの音が響きわたる中、サイレント映画のような粒子の荒い映像で、沈没する帆船、貧民街の少年たち、焚書の光景などが次々にコラージュされる。

マーティンは、やがて作家として未曽有の成功を収める一方で、エレナを失った欠落を埋めるかのように自暴自棄なデカダンの世界へと失墜してゆく。ひとりの女性に深く執心し、その幻影を追い続ける、享楽的でありつつも敬虔な人物といえば、スコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」を思い起こさせるが、まさにマーティンは真正なる“ロマンティックなエゴイスト”なのである。ルカ・マリネッリは、ニーチェの超人思想に深く傾倒しながらも、ラディカルな社会主義者を標榜していたジャック・ロンドンの化身である主人公の複雑怪奇なキャラクターをニュアンスに富んだ繊細さで見事に表現している。映画を見終わって、原作にうっすらとたちこめていた暗い虚無感が希薄なのは、背景となったナポリの明るい陽光と喧騒に満ちた風景のせいなのだ、と遅ればせに気づくのである。

(高崎俊夫)

Amazonで今すぐ購入

DVD・ブルーレイ

Powered by価格.com

関連ニュース

映画ニュースアクセスランキング

本日

  1. 「あぶない刑事」プロデューサーが語る“タカ&ユージが愛され続ける理由” 舘ひろし&柴田恭兵は「演ずるというより役を生きてきた」

    1

    「あぶない刑事」プロデューサーが語る“タカ&ユージが愛され続ける理由” 舘ひろし&柴田恭兵は「演ずるというより役を生きてきた」

    2024年4月28日 12:00
  2. 松本若菜、GP帯連続ドラマ初主演! 松村北斗共演「西園寺さんは家事をしない」7月スタート

    2

    松本若菜、GP帯連続ドラマ初主演! 松村北斗共演「西園寺さんは家事をしない」7月スタート

    2024年4月28日 05:00
  3. “ビートルズを解雇された男”が語るバンドの前日譚 ドキュメンタリー「ザ・ビートルズの軌跡 リヴァプールから世界へ」7月5日公開

    3

    “ビートルズを解雇された男”が語るバンドの前日譚 ドキュメンタリー「ザ・ビートルズの軌跡 リヴァプールから世界へ」7月5日公開

    2024年4月28日 12:00
  4. 【「悪は存在しない」評論】わたしたちに対して悪は“存在しない”と逆説的に問うている

    4

    【「悪は存在しない」評論】わたしたちに対して悪は“存在しない”と逆説的に問うている

    2024年4月28日 10:30
  5. あなたの好きな“恐竜映画”を教えて! 映画.com&ユーザーのおすすめ25選

    5

    あなたの好きな“恐竜映画”を教えて! 映画.com&ユーザーのおすすめ25選

    2024年4月28日 09:00

今週