「ひそひそ星」3.11と人間の記憶を重ねた美しき野心作 鬼才・園子温が神楽坂恵と語る新たな挑戦

2016年5月13日 12:00


背景は愛妻をモデルに描いた園監督の絵画
背景は愛妻をモデルに描いた園監督の絵画

[映画.com ニュース]近年話題作を連発してきた鬼才・園子温が2013年に設立したシオンプロダクションからの第1作「ひそひそ星」。1990年に園監督が脚本執筆した後、25年間温められた企画で、3.11後にほぼ無人となった福島の被災地が、本作では滅びゆく人間が住む架空の惑星としてモノクロームでスクリーンに映し出される。タルコフスキーを思わせる静寂と、稲垣足穂のような幻想的詩情を湛えた美しいSF映画だ。主演女優で、本作プロデューサーも務めた伴侶の神楽坂恵とともに、園監督が作品を語った。

宇宙は機械によって支配され、人工知能を持つロボットが8割を占める近未来。大災害と失敗を何度も繰り返した人間は、衰退の一途にあった。星々をめぐって人間の荷物を届ける宇宙宅配便の仕事をしていたアンドロイドの鈴木洋子は、ある日、大きな音をたてると人間が死ぬという「ひそひそ星」に住む女性に荷物を届けに行く。

原発をテーマにした「希望の国」(2012)後、次は政治的なメッセージを入れずに福島の風景だけで映画を撮りたいと考えた。「シオンプロダクション設立第1回作品としていくつか候補があった中で、福島で考えたことを『ひそひそ星』で実現できるのではないかと。脚本を書いた当時、ロケ地として福島を想定するはずはないのに、絵コンテを見ると、福島を描いたようにしか見えなくて。今の福島は、日々風景が変わる場所。ロケハンの翌日、同じ場所に行くと建物ごとなくなっていたりすることもありました。だから、記録のためにも、この地で撮りたかった」と、25年前に構想したSF作品が震災後の福島と結びついた理由を説明する。

過去作で観客を熱狂させた鮮烈な色使い、バイオレンスや疾走感を封印し、美しいモノクロームを用い、静かな平和に包まれた未来の宇宙の描写にこだわった。「25年前の自分をリスペクトして、当時考えたことをなるべく忠実に実現してやろうという気持ちで取り組んだんです。とにかく宇宙船は、ハリウッド映画にも今まで絶対に存在しなかったものにしたかった。日本家屋の畳の宇宙船なんて絶対ないと思ったから。自主映画だけど、貧乏くさいものは撮りたくなかった」とスタジオに本格的な宇宙船のセットを作って撮影した。

画像2

作品のテーマは「人間の記憶や思い出」。「完成後は、フィルムをタイムカプセルに入れて未来の人にいつか見てもらいたいと思った。これから100年くらい後、3.11が関東大震災の記憶のようになったころ、この作品自体が記憶として未来に配達されるといいなと。もうひとつは距離と時間に対する人間の思い。テレポーテーションが簡単にできる時代になったときこそ、文明の進化よりも思い出や記憶が大事だったと気づき、わざわざ時間をかける配達という行為で、気持ちを届ける遥か遠い未来を描いたんです」

たった1枚の写真、子供の乳歯など人間たちのささやかでありながらも、大事な記憶の荷物を届けるのは神楽坂が演じた鈴木洋子。一人きりの宇宙船内で、小さなくしゃみをするチャーミングなアンドロイドだ。神楽坂は本名の園いづみ名義で、シオンプロダクション社長の肩書を持ち、プロデューサーとして作品にかかわった。「今回は話し合いや経理的な部分に携わり、映画製作のお金の流れがわかってとても勉強になりました。スタッフ、俳優みんなの協力があってできた映画です」と充実感をにじませる。

そして、監督と女優が夫婦だという場合、誰もが気になるのが私生活。女優に厳しい演出をするとして知られる園監督だが、仕事の話を家庭に持ち込むタイプなのだろうか。「自然と仕事の話になる事もあるけれど、多くはないです。そこははっきりしています。撮影現場で強く言われても、最後には優しい言葉をかけてくれますね。昔からそういうフォローがあるから、家まで持ちこまないんです」と笑顔で明かしてくれた。

カルト的人気を誇った自主制作時代を経て、商業映画で成功。国際的にも高い評価を受ける園監督に、日本映画界を牽引する監督の一人としてある種の到達点に立ったのでは? と話を向けると「むしろスタート地点。ここからどうするかが重要」ときっぱり。「今後は原作ものはやらずに、オリジナル脚本をじっくり時間かけて映画にしたい。そして、アクションやエンタメ映画は海外で撮ってみたい。予算のスケールがぜんぜん違うから、やりたいことができるんじゃないかな。僕は小さい頃からハリウッド映画ばかり見ていたから、ハリウッドで成功することが夢」と、さらなる飛躍に意気込みを見せる。

最後に、25年前の園子温にかける言葉は? と尋ねてみた。「『君はすぐに成功することを期待しているかもしれないけど、だいぶ後だよ。50代になってからだね』って。でも、それ聞いたら彼はショックだよね……(笑)。だから、そっとしておくかな。急がせてもスピードアップできるわけじゃないし、そこをそっとしておかないと、いづみ(神楽坂)とも会えないしね」。公私にわたるパートナーと目を合わせてうなずく姿が、「ひそひそ星」から始まるシオンプロダクションの限りない未来を予感させた。

映画「ひそひそ星」とドキュメンタリー「園子温という生きもの」は5月14日公開。

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「恋の罪」「ヒミズ」の園子温監督が、大地震で離れ離れになりながらも、それぞれの愛を貫く3組の男女の姿をオリジナル脚本で描く。

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