劇場公開日 2023年11月10日

「ピンク映画のラプソディ」花腐し ありのさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ピンク映画のラプソディ

2024年1月20日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

 現在と過去を交錯させながら、ピンク映画監督と脚本家、女優の関係がユーモアとペーソスを交えながらドラマチックに描かれている。

 夢や希望があった過去の回想をカラーにして、ピンク映画が斜陽の一途を辿る現代を敢えてモノクロにした所が面白い。懐古的、感傷的と言えるかもしれないが、ロマンポルノは知らないまでもレンタルAVの興隆を知る自分にとって、この物語は郷愁に浸りながら観ることが出来た。

 物語は祥子が心中した所から始まる。現在の恋人でピンク映画監督の栩谷。かつての恋人で脚本家志望の伊関。二人がひょんなことから出会い夫々に祥子の思い出を語る…というのが大まかなプロットだ。

 言ってしまえば、同じ女を愛したダメ男二人の後悔が延々と続くだけなのだが、不思議と退屈するようなことはなかった。彼らの語りから、祥子の半生と心中の理由が徐々に分かって来て自然と引き込まれた。

 それにしても、祥子のことを思うと不憫でならない。女優として成功すること。女として幸せになること。この二つは必ずしも相反するものではないが、彼女はその板挟みにあい、結局どちらも手にすることが出来なかった。もし…という言葉はあまり使いたくないが、栩谷と伊関がしっかしていれば、彼女を死に追いやるようなことはなかっただろう。そういう意味では彼らの罪は重い。

 印象的なのは終盤の展開である。これは良い意味で予想を裏切られた。ネタバレを避けるために詳細は伏せるが、これがあることで本作は自分にとって忘れられない1本となった。幻想的なタッチに傾倒し過ぎた感は拭えないが、何ともロマンティックな幕引きで、この結末には涙せざるを得ない。
 思えば、序盤で突然雨が降ってくるシーンに不自然さを覚えたのだが、もしかしたらあそこからすでに栩谷にとっての”幻想”は始まっていたのかもしれない。
 この結末は観る人によって様々に解釈することが出来よう。自分は、亡き祥子が栩谷を導いたのだと思った。

 監督、脚本は荒井晴彦。様々な作品で脚本を書いてきた名ライターだが、今回は自身で監督も務めている。本作には原作があるが、主人公たちの職業をピンク映画業界に設定したのは翻案だそうだ。若松プロ出身でピンク映画の現場を経験してきた氏にとって、今作は自身の投影も込められているのかもしれない。

 演出は全体的にリアリズムが貫かれており、さりとて重苦し過ぎず、中にはユーモラスなトーンも入っていて観やすかった。

 例えば、雨の中で栩谷と祥子が抱き合うシーンなどは非常に映画的で印象に残る。二人はここでザリガニを見つけてペットにするのだが、このザリガニというのチョイスもシュールで面白かった。

 また、本作には大胆なセックスシーンも登場してくる。R18のレーティングが設定されており、一連の描写はかなり生々しい。もっとも、終盤の伊関のアブノーマルプレイは悪ノリが過ぎるという気がしなくもないが…。

 脚本家出身だけあって所々に印象深いセリフも登場してくる。「愛はセックスの邪魔もの」なんて言葉を聞くと普段なら鼻白んでしまう所だが、なぜか本作ではそれもリアルに聞こえてしまった。
 他に、氏が脚本を務めたした「Wの悲劇」の名ゼリフや、「卒業」、「パイレーツ・オブ・カリビアン」といった映画ネタも出てきてクスリとさせられた。

 キャスト陣の身体を張った熱演も見応えがあった。栩谷役の綾野剛はニヒルに徹し、伊関役の柄本佑はユーモラスな演技で作品に上手く抑揚をつけていた。祥子役のさとうほなみの堂々たる演技も大したものである。ゲスの極み乙女のドラマーとして活躍する一方、近年は女優としても幅広い活躍を見せている。実に多才な女性である。

ありの