劇場公開日 2023年6月9日

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「 絢爛豪華なガルニエ宮にも圧倒されます。これ本物なのです!撮影許可が困難なオペラ座ガルニエ宮内部が、これほど堪能できる映画も貴重です。しかもラストの歌唱は圧倒的!」テノール! 人生はハーモニー 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 絢爛豪華なガルニエ宮にも圧倒されます。これ本物なのです!撮影許可が困難なオペラ座ガルニエ宮内部が、これほど堪能できる映画も貴重です。しかもラストの歌唱は圧倒的!

2023年7月3日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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 パリ・オペラ座を舞台に、類まれな美声を持つラッパーと一流オペラ教師の運命的な出会いを描いたヒューマンドラマです。

 舞台はパリ。“ケチなラッパー”と自分を軽く卑下するアントワーヌ(MB14)は、大学で経理の勉強をしながら、寿司の出前のアルバイトをしています。
 ある日、オペラ座への出前を頼まれて行けば、恵まれた階層の若者たちがオペラの授業を受けており、高慢な青年マキシム(ルイ・ド・ラヴィニエール)に侮辱されてしまうのです。ラップの作詞で鍛えた話法で言い返し、仕上げにオペラの物まねをすると、周囲は唖然とし、偶然その場に居合わせたオペラ教師のマリー(ミシェル・ラロック)が目を輝かせます。

 マリーはその美声にほれ込みに熱烈スカウトするのです。普通なら世界のオペラ座付ののオペラ教師からオファーがあれば、二つ返事で受けるもの。しかしアントワーヌは住む世界が違うと思い、拒絶します。けれどもマリーの熱意は激しく、寿司を毎日注文してアントワーヌを配達で呼び寄せたり、あげくの果てバイト先まで押しかけて猛スカウト!根負けしたアントワーヌは、マリーと2人で秘密のレッスンを始めるのでした。というのもアントワーヌにとってラップは個人の趣味を越えて、同じ団地に住む移民系住民の代表として、他地区の移民代表のラッパーとバトルしていたのでした。なので移民系住民のリーダになっている彼の兄ディディエ(ギョーム・デュエーム)の期待を裏切ることができなかったのです。まして兄の格闘技の賭け試合で学費を賄い生計を立てている現状。とてもオペラのレッスンをこっそりしているなんて兄や移民系の仲間に言えなかったのです。
 そんな彼をマリーはオペラ座の舞台裏へ連れていき、世界的なテノール歌手ロベルト・アラーニャ(本人)の練習風景を見せます。オペラ座の舞台と壮麗な客席に立たされると、オペラに興味がなかったアントワーヌでも、ときめかないはずがありません。しかもロベルト・アラーニャはアントワーヌの才能を認めて、合唱までしてしまうのです。
 『蝶蝶夫人』などオペラの名曲に触れるにつけて、アントワーヌは次第にオペラに熱中していきます。

 オペラ座の伝統を破ってまで、自分のクラスの生徒にすると決めてしまうマリーの性急さには驚かせられますが、それにはもう一つ理由があることが、のちに明らかになるのです。
 シンプルな物語ですが、恋愛や嫉妬、将来の夢や葛藤を盛り込んだ青春映画の趣です。ラップとクラシック、兄弟愛と師弟の絆、貧困と富裕など分かりやすい対比を見せつつ、迷いながらも自分の道を見つけていくアントワーヌにカメラが寄り添います。作品の背景には、移民系住民同士の対立というフランス社会の格差社会が色濃く描かれていたのです。
 展開に意外性はありませんが、その分安心してみられることで高揚感を堪能。「トウーランドット」や「ドン・ジョヴァンニ」などオペラの名曲もあり、クラッシックをかじっている人なら感動の名演奏と歌唱が綴られます。

 終盤、兄が事件に巻き込まれて動揺してしまい、アントワーヌは声が出せなくなります。不治の病に冒されていたマリーが、命の危険も顧みず、必死で声が出なくなったアントワーヌを指導する姿は感動的です。そしてラストの著名オペラ劇場プロデューサーが集まり行われるオーディションに向けた力ずくの終盤に、めでたしめでたし、といった展開でしょうか。

 ラップとオペラや、パリ郊外と豪華なガルニエ宮(オペラ座)の違いを描きつつ、未知の世界へ飛び込むアントワーヌが両者をつなぐ役割を果たします。彼を導くマリーとの出会いなど都合が良すぎる面もありますが、プッチーニ作曲「誰も寝てはならぬ」の歌詞とアントワーヌの未来が重なるようなラストに思わず涙しました。MB14による素晴らしい歌唱でした。アントワーヌを演じるビートボクサーMB14は、劇中すべてのオペラ歌唱にも挑戦し劇中、アントワーヌさながらの天才的歌の才能を発揮させたのです。

 そして、マリーを演じるミシェル・ラロックは、美しいものを愛でる喜び、自分が思う最高のものを手にする喜びを大事にする女性を、軽快さと厳格さの絶妙なバランスで見せてくれました。

 青年は地元移民仲間の視線をふり切り、新たな冒険に乗り出せるのか。村社会に優し過ぎて、ホンネよりもつい村社会のために生きがちな日本人にこそ見てほしい勇気をくれる一本です。

 絢爛豪華なガルニエ宮にも圧倒されます。これ本物なのです!撮影許可が困難なオペラ座ガルニエ宮内部が、これほど堪能できる映画も貴重です。それだけにスタッフは、何年もかけてオペラ座を説得し撮影に成功したそうです。細部まで本物にこだわるのは単独初監督作品となる新鋭クロード・ジディ・ジュニア監督。監督の才気を垣間見る楽しみも。 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか上映中。

流山の小地蔵