劇場公開日 2023年10月13日

「森と湖の国、フィンランド。 人間の国。そして木材の国。」アアルト きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0森と湖の国、フィンランド。 人間の国。そして木材の国。

2023年10月21日
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鑑賞方法:映画館

アルヴァ・アアルトが設計した病院が、
その設計思想がとても良かったです。
建物も。洗面台の形状も良かったです。

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僕の従兄妹が 重い病で入院していた頃、
僕と 病床の彼女は、一千通を超えるメールを交わした。
二年にわたってのメールの話題は、実にさまざまだったのだが、ある日 点滴をしている彼女の目に見えている光景をこちらにも共有させてもらいたくて、頼んだのだ
「写メを送ってくれ」と。

そこに写っていたのは、
左手上空に銀色のスタンドからぶら下がっている点滴バッグと、そこからこちらに向かって下に伸びるチューブ。
そして案の定、真っ白けな安普請の天井と、無粋にこちらの顔面を照らし、病人の目を容赦なく突き刺しているブリキの蛍光灯が写っていた。
眩しくて、そして寒々しい光景だった。

病院の電気は、患者を見下ろす医者のもの。
病院の電気は、病院を運営する経営者のもの。
「こんなんじゃあいけないよねー」
「病人を癒やす医療照明デザイナーがホント必要だねー」
医者であり、あの頃患者の立場にもなっていた彼女と僕は、そうやって「写メ」についてメールで語り合ったものだ。
最愛の従兄妹がこんな天井を見ながら命を終えるなんて、堪らなかった。

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アルヴァ・アアルト、
雪と針葉樹の中に建つサナトリウムが光っているのだ。
アアルト自身が体調を崩して入院したことによって、彼の設計思想が人間の生に、より接近したことの結晶だ。
「健康な人間と病人では見える世界がまったく違う」。
・・肯り。この彼の気付きの言葉が、きょう映画 AALTOを観に来ての最大の収穫だった。
来た甲斐があった。

まっすぐな建物には⇒丸い椅子が。
四角い天井には⇒丸い自然光の明り採りの様な照明が。
四角い立方体のホールには⇒パイの包み焼きスープのようにムクムクと盛り上がった屋根。
学生寮には⇒うねりのある廊下と階上を目指す上昇の導線。さらに若者たちの息抜きのための河の眺望がしつらえられる。
1000年の歴史を持つ大学の存在。
講義の場には、学問への集中と敬意を表して、窓を排した中世の石壁が意匠されていた。

アアルトは
批判―「贅沢だ」「殺風景だ」「肉屋の白い床だ」との声に対し
建築物にはそこに住む人間を育てる使命があるとも言っていた。
建物を使用する人間のランクに合わせたデザインは必要なのだとも言っていた。
アアルトは行き過ぎた前衛建築からは距離を置き、
しかしその建物を求める人間の居心地の良さを忘れなかった。
庶民の批判は かわし、
けれど最大公約数的で誰からも受け容れられる建築物など作らなかった。
AALTO。魅力的な人だ。

このドキュメンタリーは、
彼の隆盛期から〜その名声の終わりまで、たくさんの書簡の朗読と写真、そして共働制作者であった妻との関係が家族の記録映像として映し出される。
映画の作りとしては、欲を言えば もう少しだけ長くそれぞれの作品を眺めさせてもらいたかったのだが、
でも、この映画で狙われているコンセプトは
カンニングペーパーやカタログとしてのAALTO作品紹介ではなくて、アルヴァ・アアルトの生き様及び、彼の人生から にじみ出してきた《感性》に触れること―
それなのだと思った。

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本日、冷たい雨の降る塩尻・東座。
いつもは 2〜3人の入りでガラガラの上映が常になのに、なぜだか駐車場が満車で!
マイナーな映画ですよね?これ。何事かと思うほどのお客の入りが フォロアーとしては本当に嬉しい。

ここ松本平は、森と湖の街。
建材に素材の良さを求め、
建物と立地と、
住人と自然の関係を大切にする
そういう設計デザイン事務所がたくさん存在する土地柄。

「建築関係のお客さんが多かったのだと思いますよー」と社長兼映写技師の合木こずえさんの微笑み。
この示唆深いドキュメンタリー映画が、今夜どれだけ安曇野の建築家たちに大きな触発を与えただろうかと思うと、これからきっと何かのかたちで起こるであろう街作りの将来とか、芽吹きとか、変化には 、僕は胸が踊る。

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【再び病院と人間の関係について】
アルヴァ・アアルトが
湖畔に建てたアトリエの構想 ―
「建築家と、物理学者と、医者と、一緒にそこに住みたいのだ」と彼は言っていましたね。

松本市の、先年までの市長さんは菅谷昭 (すげのや・あきら)さん。チェルノブイリ原発事故後のベラルーシへ渡り、5年半に渡り、外科医として甲状腺がん治療などに従事したお医者さん。
医療と政治と街作りを一体化しようと願ったお人でした。

安曇野には北アルプスの絶景と白鳥湖の近くに「県立こども病院」と、入院する子の親のための宿泊棟が建ちました。

病人のためには、病人のために特化した、心と建築デザインが必要なのです。

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点滴は
鍾乳洞の水しずく
落つ水ごとに
物思いせん

点滴は
てんてん てきてき数え歌
てんてん てきてき子守歌

亡き従兄妹へ

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きりん