劇場公開日 2022年10月14日

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「家族であるということ、人と人とがつながるということ。そのどこか懐かしい、温かくて幸せな空気感が観る者をそっと包み込む作品です。」いつか、いつも……いつまでも。 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0家族であるということ、人と人とがつながるということ。そのどこか懐かしい、温かくて幸せな空気感が観る者をそっと包み込む作品です。

2022年10月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 長崎俊一監督は、2008年に公開された『西の魔女が死んだ』で大ファンになりました。 寡作な監督さんで前作の『唇はどこ?』より7年ぶりの新作公開となりました。危うく見逃すところでした。
 長崎監督の持ち味は、温かな目線と細やかな心情描写で味わい深い感動を生み出すところ。本作でもその持ち味をいかんなく発揮してくれました。ひょんなことからひとつ屋根の下で暮らすことになる男女の恋と家族の繋がりを描くハートウォーミング・ラブストーリーです。

 舞台はとある海辺の小さな町。祖父である“じいさん”(石橋蓮司)が院長を務める診療所で医師として働く俊英(高杉真宙)は、じいさんや家政婦の“きよさん”(芹川藍)と一緒に暮らす、そっけない態度に優しさを隠した不器用な若者でした。
 ある日、そんな彼の前に、思い込みの激しい叔母さん(水島かおり)に連れられて、亜子(関水渚)という女性が現れます。なんと亜子は、俊英が思いを寄せていた、ある女性にそっくりでした。胸ときめくも束の間、来た早々に感情をあらわにして“騒ぎ”を起こした亜子の”こじらせ女子”っぷりに、俊英のいだいていた理想像はあっけなく砕けてしまうのでした。

 そんな亜子には事情がありました。仕事も続かず何も取り柄のない自分に自信が持てず、不安と苛立ちのなか、親が勧める結婚に応じてしまったのです。でもずっと努力しながらも叶わなかった、漫画家になるという夢を諦めきれず、夫の海外長期出張の合間に東京を離れ、ふらりとこの海辺の町にやって来てしまったのです。

 そんな不安からか、亜子は睡眠薬を常に服用していたのです。俊英の家に立ち寄った日の夕食で、誤って酒を飲んだあと睡眠薬を飲んだため亜子は救急車に搬送される事態に。これに医者として責任を感じたじいさんの一言から、亜子はこの家でしばらく暮らすことになりました。こうして図らずも、じいさん、きよさん、俊英、亜子の4人の暮らしが始まったのです。

 悪い予感が的中し、亜子の言動に振り回され、腹を立てたり、心配したりと、いつもは冷静なのに熱くなる俊英。でも諦めきれない夢と現実の間で傷つきながらも、自身と正直に向き合っている目の前の亜子の存在が、面倒なことから逃げて、どこか流れのままに淡々と生きてきた俊英の心を揺さぶっていくのです。日々大きな笑顔になっていく亜子。その笑顔を記憶の一部に収めようとする俊英でした。

 一方、亜子は、不器用だけど気遣ってくれる俊英やじいさんや家政婦のきよさん達との“家族の食卓”に安らぎを見出します。作ってみた料理に俊英たちが喜んでくれた時、ありのままの自分を認めてもらえた幸せを感じる亜子。
 はじめは亜子を快く思っていなかったきよさんでさえ、子供のようにまっすぐな気性を知って、彼女を好きになっていくのです。
 ほどなく亜子は心を開き、素直な自分を取り戻していくのでした。

 やがて彼女は、診療所の清潔だが何もない壁に、病院を訪れる子供たちが喜ぶような動物のイラストを描いて飾ろうと初めて自ら思い立ちます。クールで殺風景だった俊英のリビングも、タンポポの鉢が置かれ、雑貨が飾られ、亜子の画材が並び、少しずつ雑然とした温かみのある雰囲気へと変わっていきました。それは、亜子と俊英がともに一緒の“居場所”を作っていった時間の証だったのです。元婚約者で女医のまり子(小野ゆり子)が久々に部屋を訪れ、その変わり様をひと目見ただけで嫉妬したように。

 次第に二人の心に新たな感情が芽生え、何気ない日常がかけがえのないものになっていきます。一緒にいられるいつもの日常が、いつまでも続くようにとお互いに願うようになるのです。その温かくて切ない気持ちは、ふたりとも口には出さないけれど、今や俊英も亜子も同じでした。さらには彼らを見守るじいさんやきよさんにとっても。

 けれども、そんなある日、亜子あてに一本の電話が入って、ふたりの関係に大きな変化が訪れます。

 先ずはお互いに惹かれだしているのにケンカの絶えないふたりの関係は、おかしかったです。そんなふたりをけしかける、言い出したら猪突猛進のきよさんと、人の話は全く聞かず、一方的に自己主張を畳みかける叔母さんの熟女コンビにふたりは押されっぱなし。叔母さん役を演じる水島かおりの押しの強さは絶品ものでした。
 そんなコミカル仕立てに加えて、ふたりの関係の寸止め描写も絶品もの。とにかくいい感じになってキスしようとしたり、亜子が体調を崩して、俊英が添い寝して、目覚めたときふたりが合体しそうな空気に包まれても、必ず絶妙な邪魔が入り、ふたりは照れながら苦笑するだけで終わってしまうのです。
 そんな寸止め描写がいつ結ばれるのかが後半のお楽しみとなりました。

 冒頭でも紹介しましたが、家族であるということ、人と人とがつながるということ。そのどこか懐かしい、温かくて幸せな空気感が観る者をそっと包み込む作品です。映画館で温かい気持ちになりたい方に、ぜひお勧めします。

流山の小地蔵