劇場公開日 2022年7月20日

「異常コスプレ男性の詩」キャット・シック・ブルース 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0異常コスプレ男性の詩

2023年3月27日
iPhoneアプリから投稿

『サイコ』『シャイニング』『ミザリー』といった金字塔的作品を参照すればわかることだが、オブセッションに駆られた狂人が不条理な殺人に及ぶというのはサイコホラーの最も一般的な形式だ。本作もまたそれを従順に、というか従順すぎるくらい踏襲している。にもかかわらず先達の威光の陰に埋没している感じがしないのは、「狂人」たるテッドが強烈な視覚的異常性を存分に発揮しているからに他ならない。薄気味悪い黒猫の被り物やパツパツすぎる赤いシャツもじゅうぶん奇特だが、そこへ「猫のソレ」を模したという巨大ディルドが組み合わさるともう唯一無二だ。なおかつそのビジュアルの異常性は、彼の捻転した自意識の発露として妥当性がある。

彼が猫の被り物をしているのは、自分がかつて飼っていた黒猫に対する強い愛着と喪失感があるからだ。一方巨大ディルドはというと、一応「猫のソレ」を模して造られてはいるものの、そこには女に対するテッドの嫌悪と支配欲が潜在している。彼は愛猫を復活させる儀式のための生贄と称して次々と人を殺していくが、その対象は常に女だ。彼が最後の生贄として捕らえた女に「アンタ女しか殺したことないでしょ」と激昂され、図星を突かれたように狼狽するさまからも、彼が死んだ飼い猫への異常な執着心をある種の隠れ蓑にしながら自身のミソジニー的欲望を満たしていたことは自明だろう。

一方に対する強い愛惜と、もう一方に対する強い憎悪。彼の異常なビジュアルは、彼の両極に裂かれた危うい精神状態をうまく表している。

低予算ながら演出もけっこう面白い。たとえば女を殺すまでの過程では切り返しショットを多用して緊張を高めておきながら、実際にテッドが凶行に及ぶシーンでは空間全体を捉えた固定ショットに切り替えて緊張を台無しにしている箇所がいくつかあった。コント番組のセットのような部屋の中を絶叫しながら逃げたり這ったりする女と、快感に身悶えながら転げ回る猫の被り物をした男。あまりにもシュールで淡々とした光景に思わず笑ってしまうが、そのドラマ性のなさがかえって殺害行為の不条理性を強調していた。冒頭で殺害を終えたテッドがソファーに腰かけて猫動画を繰り返し再生する一連の長回しもよかった。

後半にかけて徐々に占有率を増していく悪夢描写は、バラエティに富んだ殺害描写に比べるとやや凡庸な気もするが、それなりにうまく機能していたと思う。必死にテッドを追い払ったにもかかわらずなおも夢の中で彼がもたらしたであろう災禍に見舞われるというのはあまりにも救いがない。余談だが、夢の中で性交を経ずして腹が大きくなっていく(しかも体調も悪化の一途を辿る)というのはジュリア・デュクルノー『TITANE』を彷彿とさせるし、彼女が産んだ赤子の姿はデヴィッド・リンチ『イレイザーヘッド』のそれに酷似している。妊娠・出産というのは古来より悪夢やオブセッションと相性がいいのかもしれない。

ラストシーン、死亡したテッドの自宅に家宅捜索にやってきた刑事たちが彼の所持品のビデオを再生する。そこには彼が愛した黒猫と、まだ幼かった頃の彼の姿が映し出されていた。ああ、彼もかつては普通の人間だったのか、と受け手の同情を誘うシーンではあるんだろうけど、大人になった彼の陰惨で滑稽で差別的で自我肥大的な行為の数々とのあまりの落差に引きつった笑いが漏れるばかりである。

単なるB級スプラッターなのか、はたまたすべてを理解したうえでメタ的にやっているのか最後までよくわからない、それゆえに目が離せない一作だった。この不安定さがクセになる。

ちなみに一番好きなシーンは女の飼っていた猫を誤って捻り殺してしまった脳足りんの男が、次の瞬間事切れた猫の死体を何の躊躇もなく窓から放り投げて捨てるシーンだ。スピードだけで笑わせてくる感じ、ズルいんだけどどうしようもなく面白いんだよな。

因果