劇場公開日 2023年7月7日

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「遠いところへ、一歩ずつ」遠いところ cmaさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5遠いところへ、一歩ずつ

2023年8月4日
iPhoneアプリから投稿

 ヒロインも周りの人々も、甘い、おかしい、間違っている!と指摘するのは容易い。けれども、そう割り切るには重たく、果てしないものが本作には詰め込まれていた。「中学からキャバやるのは当たり前」という冒頭のセリフを「まあ、そんなものか」と、客らとともに聞き入れたところから、もう他人事では済まされなくなっていた、と思う。
 頼りない夫の傍でこそこそと金を隠し貯め、あっさり持ち逃げされるアオイ。働かずふらふらし、時には暴力的になる夫マサヤ。酒びたりの義母とその恋人。似たもの同士の友人たち。昔気質の祖母、そしてかつてアオイを捨てた父。誰しも余裕がない。それでも、祖母は幼いケンゴを日々預かり、困窮したアオイを父のもとに連れて行く。義母も、転がり込んできたアオイたちを受け入れる。親友・ミオは保険証のないアオイの治療費を肩代わりする。けれども、アオイの転落は止まらない。
 アオイも彼らも、自分ひとりがやっと浮かべる板ぎれにしがみつき、大海を当てどなくさまよっている。自分の前で親しい人が沈むのは見たくないから、必死に手を差し伸べる。しかし、その手にしがみつけば、共に溺れてしまうと、彼らは互いに分かっている。だからこそ、過剰な期待はしない。救えるとも、救ってもらえるとも思っていない。そのギリギリさ、それゆえの感覚麻痺が息苦しく、堪らなくなった。「ソープでもなんでもして、しっかり稼ぎなさい」と札一枚をヒラヒラさせて説教する父が、アオイから最も遠い分、人でなしだと存分に嫌悪できる存在で、ある意味救いだった。
 砂浜を駆け、水面を弾き飛ばしながら「遠いところに行きたい」と笑っていたアオイ。ラスト、彼女は必死に浮かび続けるのを放棄し、ざぶざぶと海に向かっていく。その先に、何があるのか。彼女が向かって行ったのは、絶望ではないと信じたい。そのためには、この物語が、海の向こうの遠いものだと割り切ってはいけない、と思う。
 中盤、足を踏み外す決意をしたアオイが目にした、セーラー服の少女。あれは、かつての彼女なのだろう。アオイは息を呑み、そのまま彼女を見過ごしてしまう。少女を見過ごさず、一歩踏み出し声をかけるのは、彼女ではなく、ともに今を生きる私たちだ。

cma