MEN 同じ顔の男たちのレビュー・感想・評価
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甘えてくる男どもに、一緒にうんざりしましょうという映画。たぶん。
これはもう明確な意図を持って観客を戸惑わせる作りだと思う。なんならボケっぱなしのまま話が進んでいって、最後にはさらにバカデカいボケがやってくる。三池崇史の『牛頭』を彷彿とさせるマトリューシカ出産シーンにいたっては、なんだこりゃと笑うしかなくて、そこに意味を見出すことすら無粋な気がしてくる。
全体としては、男性の存在そのものが女性に与える恐怖やストレスを描いているんだと思っていて、男どもはとにかく女性に母性を見出そうとして勝手に甘えてくる。それをジェシー・バックリーの苦虫を噛み潰したような表情で一刀両断にする。という解釈でいますけど、実際のところどうなんだろう。
劇場パンフや世に出ている記事のインタビューを読んでも、監督もジェシー・バックリーもぜんぜん具体的な話をしていないこともなるほどなと思わせる、解釈するより一緒にうんざりしましょうというメッセージを勝手に受け取りました。ああ面白かった。
女が感じる男の気持ち悪さ
女が感じる男の気持ち悪さ(恐怖)を視覚的に生理的に感じさせるような映画だろうか。
最後の出産マトリョーシカで主人公が怖がらなくなったのは、正体がわかって怖くなくなったというか、「そんなもんなのね、あー知ってる」みたいな感じかなと思ったり。
わけわかんないから怖かったものが、急に「そんなもんだったのか」みたいなモノになったような感覚かなと。
で、出てくる「男達」というタイトルに、「しょーもな…」ってな笑みを浮かべるというか。
怖いは怖かった。
理屈じゃなく、生理的な恐怖。言葉や理論ではない感覚だから当然わけんからん、説明つかない。そういう映画かな。
A24らしい作品です
山の景色は
緑が鮮やかで気持ちがいい
宿泊する古民家も年数は経っている
ものの内装は新しく素敵な戸建て
二週間を過ごすには最適な空間
癒しというか
心身の疲れをとり
リフレッシュする為に
訪れたが…はずが
嫌なことが起こり始める
最初は全裸の男が家の周りを
ウロツキ恐怖にかられる
そこからは
嫌な男たちばかり出会って
恐怖でしかなかった
意味も解らずに恐怖な体験
最終的に自殺した彼が
…愛…
が欲しかった。と
ホントに?
それだけで死んじゃうの~
って感じ
後から後から起こる出来事に
男性の求める声が聞こえてくる
終わりの頃はソレらを察した女性が
ウルザリした顔に見える
…呆れる顔が印象的
オモシロさはある?
恐怖な体験を味わった
あっ。気持ち悪さは超一流
亡き夫への罪悪感から?
正直に観た感想としては「…」となった。
恐らくこの映画の狙いとしては、夫婦喧嘩のいざこざの末に夫ジェームズが衝動的にハーパーに対して自殺してやると脅すことにより自分に対して心配してもらいたい、気にかけてもらいたいという思惑があったはず。
ところが、ハーパーは自殺なんてと叱責した上に友人のライリーに対してジェームズが怖いとメールで相談します。今までのハーパーがジェームズに対しての発言を知るジェームズはメールの文面を見るやいなや、怒りのあまりにハーパーを叩いてしまいます。叩かれた勢いで、ハーパーは激怒し、ジェームズを力付くで家から追い出します。
その結果、ジェームズはハーパーの目の前で飛び降りを図り死んでしまうのです。
ハーパーは気分転換のために、田舎へ単身で訪れたわけですが、夫への罪悪感があるために素直な気持ちが吐き出せないことを悩んでいることに神父から痛烈な一言、謝る機会を与えていれば生きていたはずだ、ハーパーはこのセリフを言い当てられたから逆上して出ていってしまう。
頭の整理がなかなかつかない、混沌としたハーパーの頭の中では見えるもの全てが恐怖と化します。その結果、村人による異常さや、マトリョーシカのように同じ顔の男性が生み出される奇妙なシーンから最終的に違う顔の男が生みだされ、それがジェームズだった。
ハーパーはジェームズに生前出来なかった謝罪の機会を与え、ジェームズが謝るとハーパーも謝りハッピーエンドで終わる。
何とも不思議な映画だった…。
腕裂け男・・・何なの?
美しいものと気持ち悪いもの。両極端である感情がどこかで奇妙に融合してしまいそうな不思議な感覚に囚われてしまった。なぜだろう。傷心旅行であったはずの田園風景の広がる田舎にあるカントリーハウス。廃墟マニアが喜びそうなトンネルというメタファーがハーパーに幻影を見せ続けたとも思われたのですが、同じ顔の男たちが亡き夫ではないことに深い意味がある気もする。
宗教的寓話をベースにして、DVとストーカーと離婚問題、男のエゴに対するハーパーの心象風景が美しくも痛々しくもあった。そして怒濤のラスト20分。男から男が次々に産まれ、最後には死んだ夫ジェームズが産まれて、彼女に愛を求めてくるのだ。愛から命が芽生えてくることを訴えてくるようにも感じるが、寛容さを求める男のバカさ加減が観る者を突き落としてくれた。
あまりにも特別にひどい男の性格だったが、男からすると日々反省すべきところもあったかな~と自戒せねばならないな。ジェフリーだけは酷い性格じゃなかったけど、それが村人全てがジェフリーに見えてしまったのだろうか。恐怖心を煽るだけなら皆ジェームズの顔にするべきだもんね。
男という生き物は綿毛によってDNAが受け継がれていく。なんだか色々と考えさせてくれる作品でもありました。神聖なはずの出産もここまで醜く描かれるとは・・・さすがA24だ。
前半の散歩シーン素敵でした。
※※※先に書きますが、この映画には、
▲受動攻撃
▲男性妊娠
▲男性の出産シーン
などがあります。上記が苦手な方は視聴を控えてくださいね。かなり強めの忠告、失礼しました。
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難しすぎたので、とある方の考察サイトを拝読して納得した気になったから、いいや…。
その考察サイトの方は、この映画に登場する男性たちを「有害な男」と書いていました。
言われてみれば確かに。ずっと不快感が胸のなかをうずまいていました、彼らが登場すると。
言いようのない怖さとか、不気味さとか、苛立ち?これらを感じました。
そしてラストのあの衝撃シーンは、昔から現代にかけて、「有害な男」の有害さを
後世に受け継いでいくシーンだろう、ともあって、なるほどなぁと思いました。
家父長制度による男らしさの押し付け。された男性たちの心の歪み。それらが
女性への無償の愛・母の愛を求めるこどものように縋りついてくる様子。
次々うみおとされていく男たちを見て、始めは恐怖の顔を見せていたハーパーが
いつしか"諦め"の表情に変わっていった、とも。そして最後、夫がうみおとされて。
ハーパーが「あなたは私に何を望むの?」と聞くと、夫は「愛がほしい」と言う。
……ため息しか出ないですよね、ハーパー。と何だか同情してしまいました。。
でも、その考察サイトにもありましたが、前半の森や自然のシーン、雨のシーン、トンネルのシーン、
声の反響シーンは素晴らしかったです。とても美しくて、浮世離れしていて。すごく癒されました。
あんなに美しい緑を、映画で観たのは初めてかもしれません。
美しかった…。もっと見たかったです。
邪魔さえなければ…。そこが惜しかったです
ラストの笑顔が素敵
最初の夫婦喧嘩はリアル。
久ぶりにまともな夫婦喧嘩を映像で観た感じ。
そうなのよ、夫婦って赤の他人だから、こんなにも自分の思いを全部出しちゃったら、噛みあうわけない。
100%分かりあえないんだからさ
自分のしたいことと、
相手が自分に求めていること
お互いがちょっとずつ妥協したり無理したりしないと。
前半の映像の美しさ。森の中、葉っぱの1枚1枚が光って見えて、時間が止まったよう。トンネルの先に見える小さな不気味な人影とのコントラスト。
素晴らしい映像美に、しばし癒しのひととき。
だけど、いきいなりフルチンのおじさんが出てきて、こ、これはコントなのか…
そういえば、ミッドサマーでもフルチンのおっさんが走ってたと思い出す。
そして「同じ顔の男」というのは、そういうことなのか!と気づく。だって、役者さんの演技が上手過ぎて、最初は気づかないよ、同じ人が演じているという「同じ顔」。
お屋敷の中にどうしても入りたい男たち。
突然男どもが押し入り、ハーパーも「ぎゃー」ってなるんだけど
でも、だんだんとそんな構ってちゃんな男たちに辟易してくる。あきれ顔。
分かるなー なんで男って、こんなにまで女にまとわりつくのだろう。
お屋敷の中の出来事は、主人公の心理描写なのだと思う。だから、見えたり見えなかったり沸いて出たり消えたり。
そしてラストは現実の映像で終わる。
ハーパーは現実と幻想の狭間で、関係のない人を殺してしまったんでしょうね。でもその笑顔を見ることができて、私は嬉しいです。
※フルチン有り、流血あり、欠損あり、その他もろもろ
感想: わかんなさすぎて草
綺麗な場所だった
家も広くて住んでみたい
死んだ夫がすげぇメンヘラということは分かったけど、ほんの極々少しだけ愛が重くなることには共感してゲロ吐きそうになった。(愛でもなんでもないけど)
最後まで死んだ夫がネチネチ未練がましいこと言ってきたのがウザかった。ありゃ斧でやってるね
終盤のマトリョーシカはわけわからん。全裸男がみんな生み出してた?
りんごは禁断の果実だから、食べたからとんでもないことになった?
ハーパー→メンヘラ
ジェフリー→ノンデリカシー
全裸男→露出狂
警察官→楽観的男
面の男→クソガキ
神父→ロジハラチクチクスケベ神父
酒場の男→暴漢
???
いやもうわけわからない
つまるところ男たちは皆、同じというメッセージ!
女なら皆さん経験があると思うけれど、
男は我儘。
女なら簡単に我慢できることが出来ない動物だ。
卑近な例ばかりで恐縮だが、
男はなぜ昨日の残り物を食べないのか?
男はなぜテレビの真ん前に座るのか?
そして当然のようにチャンネル権を持つ。
男は男に生まれるのではなく、男になる。
乗り物でも一番良い席に座る、
(中には我儘(甘え)を拒絶すると報復に出る男がいる)
ハーパーの夫のジェームズはその特徴的な一人である。
心の傷を癒す目的で、ロンドンから車で4時間離れた田舎町の古い洋館に
2週間滞在することにしたハーパー(ジェシー・バックリー)。
彼女が遭遇する“同じ顔の男たち“の恐怖を描いたサスペンススリラーです。
洋館の趣も格調高く、撮影も美術も一級品。
トンネル内に反響(こだま)する音や、
女声のスキャットハーモニー。
そのあまりに美しい緑の田園風景に《異物》が飛び込んでくる。
裸体にペインティングした男だ。
ハーパーは夫のジェームズを事故か自殺で亡くした過去を引きずる女性です。
喧嘩の理由は明かされませんが、突然ハーパーを殴って壁まで振っ飛ばされた
ハーパーは激怒して夫を怒鳴りつけて絶縁を言い渡します。
謝罪を全く受け付けない。
傷ついた夫は、上の階から転落して一階の柵に突き刺さって死ぬのです。
保養に来たのに、庭に現れる全裸で髪のない醜い男。
散歩中に出会った少年は黄色い髪の女の仮面を被っています。
そして「クソ女」と汚い言葉でハーパーを罵るのです。
教会へ行って悔恨から泣いているのを陰で見ていた司祭は、
「あなたが夫を許さなかったせい」とハーパーを責めるのです。
そしてハーパーがバーを訪れる。
管理人のジェフリーが、
バーのオーナーが、
常連のが、
警察官が、
みんな同じ顔をしているのだ。
(なんと裸の男と、仮面の少年も、ロリー・ギニアが一人で演じ切ったのです)
(驚愕の表現力ですね)
アレックス・ガーランド監督は古くは、ダニー・ボイル監督の問題作
「ザ・ビーチ」の原作者として知られ、
「エクス・マキナ」の監督や「28日後…」の脚本で知られる。
アレックス・ガーランド監督と脚本を担当した本作は、
アートのような美しさと、不可解な恐怖が交差する、
「悪夢」のような作品。
トラウマに苦しむジェシー・バックリーは、ホラー映画の主人公にしては
強靭な精神力で、【男に負けていない女】を熱演した。
裸の男の造形は、
時に傷だらけで、刃物傷、釘を打ち込まれ、
遂に男は は、頭に楔の冠のように木々が茂り、
血だらけの赤児を出産する。
最後には夫のジェームズが産み落とされる。
ラスト20分の驚愕の展開を含めて、
面白い作品だった。
何なの ?
田舎に来たハーパーが出会う男性がみな同じ顔。いやいや、同じには思えない。
でも、彼らは実在の人物なのか?ハーパーの空想なのか?ラストのマトリョーシカのような出産シーン、なかなか不気味で今作の見どころ?でもそれを見つめるハーパーの一言「何なの?」と怖がる様子もなく冷めた表情。
観ているこちらも言いたい。何なの???
ハーパーは最後に生まれた彼をどうしたのか?そして駆けつけた友人、妊婦さんだったのは何か意味があるのか?
夫の投身自殺を目の当たりにしてしまった妻ハーパー(ジェシー・バック...
夫の投身自殺を目の当たりにしてしまった妻ハーパー(ジェシー・バックリー)。
心の傷を癒すため、英国・田舎町の郊外にある一軒家に滞在することになるのだけれど、出逢う人々は管理人のジェフリー(ロリー・キニア)のよく似た人々だった。
ジェフリーの年齢に近いひとだけでなく、少年の顔も同じように見えるのだ。
そして、庭先には、悪魔のような奇妙な彫刻のある敷石が・・・
といった内容で、ま、簡単に言うと、よくわからない映画。
でね、個人的な解釈としては、ニューロスティック+フォークロア(多分にラブクラフト的)といったところなんだけれど、あっているかどうかどうでもよろしい。
作り手もよくわからないなかで作った映画、とみると楽しめる類の映画なのよ。
さて、独自解釈なのだが、
ハーパーは夫の自殺の要因もわからず、心に傷を抱えている。
訪れた田舎町は、これが曲者で、いわゆる自然の輪廻転生の地であった・・・と解釈したい。
さらに、輪廻転生の世といっても、自然の草木が一年で生まれ変わるように、それが動物的な生殖がなくとも繁殖できる地であったとしたら・・・
人間が生まれる前の奥深い自然の地、といわけ。
雌雄がなくても子孫を残すことができる世界、そこで、そこに棲まう生き物(管理人を筆頭にした)と出逢ったなかで、夫を深く愛していたことを自覚する物語・・・
と解釈すると、まぁ、わかりやすかったかな。
岩に刻まれた悪魔じみた顔つきで女性器を持ったイコンは、人間から見た、植物的な生殖を繰り返す自然のメタファー。
よくわからないなりにも面白い類の映画として記憶しておいていい作品なのだが、ハーパーが暮らした田舎町の成り立ちなどを説明すると、東映の『〇〇村』のようになっちゃうので、それはそれで評価が落ちそう。
こういう映画は、白黒はっきりさせたい観客向きではないんだよねえ。
連想した映画は、東映の一連の『○○村』の他に、70年代前半のニューロティック映画や『ウッィッカーマン』『ザ・シャウト』、最近の作品だと『ミッドサマー』。
小説だと、ラブクラフトの初期作『ダゴン』あたりです。
私の常識と理解を超えている…!
久々にレビューに頭を悩ます作品を見た。
深いテーマや意味深なメッセージ、暗示めいたものなどが込められているのだろうが、あまりにも私の常識や理解を超えていて、あれやこれはどういう意味だったのか、そもそもこの作品は一体全体何だったのか、頭の中の整理が付かない。そして、ラストの衝撃たるや!
『エクス・マキナ』『アナイアレイション 全滅領域』の鬼才アレックス・ガーランド×『ミッドサマー』のA24製作。そりゃそうだわ。
不条理、衝撃、奇抜、不気味、怪作…どんな言葉を形容してもいい。いい意味で、何じゃこの映画は!?
一応話の入りは普遍的。
ロンドン郊外の田舎町のカントリーハウスに越してきたハーパー。
広くて贅沢なハウス、自然豊かで美しくのどかな雰囲気…新たな家、町、暮らしに満喫。
…が、いいのはそこまで。癒されほのぼのムービーは最初だけ…いや、開幕から本作は不穏な雰囲気を放つ。
開幕シーン。夫が自殺する場を目撃。マンションから落ちていく夫の視線と自分の視線がはっきりと見合ったように…。
これがきっかけで越してきた訳だが、精神状態は不安定。
それに拍車をかける出会いや奇々怪々な出来事…。
ハウスの大家。
面を被った少年。
司祭。
警官。
バーのマスターや客…。
皆、異様。大家はフレンドリーだが馴れ馴れしい。少年には罵倒され、司祭には夫の死の原因は自分にあると責められる。
極め付けは、家の周囲をうろつく全裸の変質者。この男は何者…?
逮捕されるが、警官はすぐこの男を釈放。
何か気に障ったり、あからさまにクソ野郎だったり…。
一体何なの、この町の男どもは…!?
さらにこの町の男たちは、皆が“同じ顔”をしている。
メイクや髪型や付け髭などで、個人個人印象は変えているものの、“ベース”は同じ。
これは一体、何を意味するのだろう…? 劇中でヒロインがそれを指摘する描写はナシ。
ヒロインにもそう見えるのか、別々に見えるのか…? 何かの暗示で、我々にだけそう見えるのか…?
女性を貶し、下に見る男どもの傲慢、欲…。男なんて誰も彼も“同じ顔”をしている…という事なのか??
作品は一気に奇妙な世界へ入り込む。まるで、出口の無い迷宮に迷い込んだように。
“同じ顔の男たち”は現に存在しているのか…?
終盤の男たちがハウスに侵入し、ヒロインに襲い来るシーン。あれもヒロインが実際に体験している危機なのか、それともヒロインが見ている恐怖の幻なのか…?
そもそもこの家、この町は“現実”なのか…? 仮に異空間に迷い込んだとしたら、それはいつ…?
あのトンネル…? 町に来た時、家の庭の“禁断のリンゴ”をかじった時…?
一体自分は何を見ているのだろう…? 何を見せられているのだろう…?(って言うか、ここまでで“?”を幾つ使ったろう)
もはやこの悪夢を見ているような奇妙な世界に、成されるがままに身を委ねるしかない。
もうどんなに常識と理解を超えて展開しようとも、こういう作品なのだ…と甘んじて受け入れる覚悟でいたのだが、それすら破壊してしまうあのクライマックス。
この衝撃と驚愕をどう言い表したらいいのか…。いやもう、言葉では例えようが出来ない。
不条理スリラーではない。SFホラー。
強いて言うなら、気持ち悪いものやグロい描写、訳が分からないものが苦手な方は見ない事をオススメする。トラウマ必至!
“復活と再生”“生と死”を象徴しているらしいが、何度でも言う。私の常識と理解を超えている…!
その果てに、まさかの誕生。その口から発せられるは、愛の欲し。
何度でも言う。私の常識と理解を超えている!
本作を好きか嫌いか問われたら、それすら返答に困る。
この作品は何を伝えたかったのか説明しろと言われても、答える事が出来ない。おそらくこの作品のほとんどを理解していないだろう。
が、アレックス・ガーランドがまたまた構築した美しく幻想的で、恐ろしく異様な世界観。映像、装飾、ビジュアル、音楽…。
ジェシー・バックリーの難演、ロリー・キニアの怪演…。
これらは特筆に値する。
特に同じ顔の男たちを演じ分けたロリー・キニアの怪演は強烈! オスカー級でしょう。やるじゃん、ミスター・タナー!
あのラスト、この作品そのもの…。
そうそう忘れ得ない。いつまでも脳裏にこびりつく。
またしてもアレックス・ガーランドに誘われたと言えよう。
これはひどい
ここまで意味がわからなくて面白くない作品は久々に観た。
最後のクライマックスシーンが本当に気持ち悪いし意味わからないし何がしたいのかが全くわからない。
なにを伝えたいのかもわからない。
映画館で観なくて本当によかった
男性性の暴力と連鎖
期待したよりずっと面白く見ました。
奇抜ともいえる表現に戸惑われている方も多いようですが、私にはこの上なくストレートな表現に見えましたし、そう解釈していいと思います。
死後に至るまで女性に暴力を振るい続ける男性と出会ってしまった主人公が、さまざまな形の男性の暴力に苛まれつつける。
それは(最初で人間の始祖とされている)アダムからすでに始まっている。裸の男はアダム。
(もちろん、暗にキリスト教の家父長主義が批判されている。教会の石の浮き彫りで女性は性と繁殖の道具として描かれている点)
アダムから延々と男性原理が再生産されて、主人公の死んだ夫にまで連鎖している。
(過去の男たちは具体的な顔を持たないのでとりあえず村で最初に会った男の顔になっている。顔が同じという点にあまりとらわれると話が見えなくなると思われる)
そうやって連鎖していく男性原理を前に主人公がうんざりした表情を浮かべるのが印象的。
※ただし、男性原理の連鎖があのような形で描かれることには、男性性は男性自身のことも苦しめているという含意がある。
男が自分への(相手へのではなく)「愛」(客観的に言えば甘やかし)ばかり求めているところでこの「うんざり」は最高潮に達しているのだけど、そこで出るタイトル。
「もう愛は捧げられないわ」という歌が流れて……
そんなにわかりにくい映画ではないですね。
しかしこれをそんなふうに描くのかという面白さがありました。
※ドアと部屋の使い方が上手ですね。
※トンネルの使い方も工夫されていて、通常は非日常への入口のはすが……
禁断の果実
目の前で夫の最悪な最期を目撃してしまったハーパーは、心の療養のためにイギリス田舎町の館にやって来る。
そこの管理人ジェフリーは親切だが少しクセの強い人物だった。
森林浴に出かけるハーパー、森の中のトンネルで声の共鳴を楽しんでいたら……
“なにかがおかしい”
その不可解さは次第に巨大な恐怖となりハーパーを襲い始める。
はじめに弁解。
実は今作、2022年の映画締めでした。
ただ忙しくて放っておいたらあっという間に1ヶ月が……
これ以上レビューしないといつまで経っても映画初め出来ないので気ままにレビューします。
観賞後1ヶ月の解凍レビューなので、色々とご了承ください。
2021年、最狂の激キモ映画『ライトハウス』に出会って以来、A24ホラーやキモそうな作品の公開が決まるたびにウキウキしてきた私。
しかし2022年。
『TITANE』や『LAMB』や『ザ・メニュー』など、キモさ期待値が高かった作品は悉く何かが違う(作品としてはどれも好きだけど、私のキモさの琴線に触れなかった)。
今年はキモい作品ないのか……と落ち込んでいた私の元に舞い降りた救世主、それこそが『MEN』なのでした(何言ってんだろ)。
まず、あのトンネルのシーン。個人的にはあそこが1番好き。
後半の怒涛の展開に目が行きがちだが、前半のこのシーンからの一連の描写は神がかっていると言っても過言ではない。
トンネルという闇、その奥に見える光、そして共鳴する声。
森の中のトンネルという、いかにも恐怖の寝床のような場所へ、主人公が呼びかけたことで目覚める恐怖。
追いかけてくる声、謎の人影、たんぽぽの綿毛、逃げ切ったと思い写真を撮ると後ろに映り込んでいる全裸の男性。
言語化しただけでも恐ろしいこれらの要素を、ここまで自然に入れ込んでくる巧さには感心するしかない。
その後も意味が有りそうだが分からない不気味なモチーフが多く登場する。
仮面、陰部を広げた女性の彫刻(シーラ・ナ・ギグ)、カラス……etc
確かにビジュアル的な部分での恐怖が多いのも事実だが、考え始めたら何かが物凄く恐ろしいという感覚は『ヘレディタリー』や『イット・フォローズ』、『ラストナイト・イン・ソーホー』なんかに似ている。
この4作品なんか共通点が……あ、全裸男。
全裸男のビジュアルはどんなお化けやクリーチャーよりも恐ろしい。
そして、その衝撃ゆえ頭から離れない。
性被害だったり男の怖さだったりを描いた作品の後味が悪いのはそういう理由もあるのかもしれない。
こういった映画でのトラウマ体験は、女性にとってどれだけ男が怖いのかを知る上で良いかもしれない。
それはともかくやはり怖い。
少し脱線したが、やはり後半の怒涛の展開には言葉を失った。
今目の前で行われている一連のアレを一体どんな感情で見ればいいのだろう笑
一歩間違えれば滑稽になるところだが、しっかりホラーの体裁を守りながら展開している。
解釈の分かれそうなオチもまた良い。
こういう作品は綺麗に片付けば片付くほど胸糞悪い。
夫の死という呪縛、そして男性に対する恐怖、ハーパーの思考が表象化された幻覚もしくは現実なのか。
1年の終わりに良いものを観れた。
愛を乞う男。
転生してまでも女に愛を乞う男、その姿は実に哀れだ。だがその気持ちは痛いほどわかる。この世で最も愛する女に愛されないことがどれほどつらいことかを。
恥も外聞もなく、ただただ愛を乞うしかない男。その男の思いに翻弄され苦しめられる女。
女が男を惑わすのか、それとも男が女を惑わすのか。
妻ハーパーから離婚を切り出され、自殺をほのめかせるジェームズ。それは誰が見ても無様な行為だった。だが、彼はそうまでしても彼女をつなぎとめておきたかった。
恋愛においては時に人はその本性をさらけ出す。どんなに体裁を取り繕っても自身の感情の発露を抑えることなど出来ない。ジェームズは子供のように妻の愛を欲する。
エデンの園の禁断の果実をモチーフにしたところからも、女が男を惑わしたかのように見える。その仕返しに女をとことん苦しめようとする男。しかし、結局は女に愛を乞う。その様を女は半ばあきれ顔で見つめながらも受けとめる。どうしようもない男だと。
ダークファンタジーのようで、その実、男と女の永遠のテーマを描いた作品。
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