劇場公開日 2022年10月7日

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「特定失踪者の家族という難しい題材を取り上げた意義」千夜、一夜 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0特定失踪者の家族という難しい題材を取り上げた意義

2022年9月30日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

知的

久保田直監督は劇映画デビュー作「家路」(2014)で、東日本大震災と原発事故で被災して生家が警戒区域になった福島のある家族を描いた。そしてこの新作「千夜、一夜」では、北朝鮮による拉致の疑いが完全には排除できない失踪者(警察の用語では「拉致の可能性を排除できない事案に係る方々」)、いわゆる“特定失踪者”の家族を題材に選んでいる。80年代からドキュメンタリー制作に携わってきた久保田監督の経歴も考え合わせると、“国民的な受難”とでも形容できそうな、日本で起きた大きな悲劇の中で家族や個人がどう生き、どうサヴァイヴしているのかを、劇映画というフォーマットを通じて私たち観客に伝え、考えてもらおうという意志が強いのだろうと想像する。

北の離島(あえて土地を限定しない意図からか、劇中では明言されていないが、背景の建物や施設などに「新潟」「佐渡」の文字が映っており、実際に佐渡島でロケが行われた)で30年前に突然姿を消した夫の帰りを待ち続ける主人公・登美子役、田中裕子の演技だけでなく、凛とした佇まい、存在感そのものに胸を打たれる。高齢で足腰が弱っているのを表現するためだろう、立ったまま薬缶から湯飲みにお茶を注ぐ姿は「おらおらでひとりいぐも」(2020)の桃子ばあさんを彷彿とさせるし、周囲の声に動じず頑固に家族を想うキャラクターは「ひとよ」(2019)の稲村こはるに通じるものを感じる。なお、「ひとよ」での役は長らくの不在を経て家族のもとに帰ってきた母であり、不在の夫を待ち続ける妻を演じた本作との対照性も興味深い。ともあれ、田中裕子が近年体現してきたキャラクターたちは、彼女の存在感も相まって、女性は、母親はこうあってほしいというような、理想の女性像、母親像を観客が投影しやすくなっているのかもしれない。

個人的な話で恐縮だが、佐渡島には地縁もなく血縁者もいないのに、二十代後半にたまたま訪れた両津港近くの料理店で店主や常連客たちと飲みながら話す機会に恵まれ、佐渡の人たちの温かさにすっかり魅了されてしまい、その後も数年たってから思い出したように訪問して、これまでに合計6回訪ねている。そんな佐渡ファンとしてちょっと物足りなかったのは、長年にわたり島で暮らしている設定の人物らの言葉が、ほぼ標準語だった点。佐渡弁は温かみがあり、島の住民方の純朴で親切な人柄を表すようで本当に素敵なのに……。その点が鑑賞中ずっと気になっていた。やはり、あえて土地を限定しない意図から方言を避けたのかもしれないが。

高森 郁哉
ちゃっぴーさんのコメント
2022年10月7日

「アイアムまきもと』でも、「おくりびと」のロケ地と同じく、山形県庄内地方なのに、誰一人として方言を喋らないことにずっと違和感を持って鑑賞しました。
同じくあえて言久はしていないのですが、庄内市役所や酒田駅など何度か映されていたので、それならば架空の地方都市にしたら良かったのにと少し残念でした。

ちゃっぴー