劇場公開日 2023年5月12日

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「ユダヤ系の姓と、階級意識や差別感情の複雑さをめぐって」アルマゲドン・タイム ある日々の肖像 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5ユダヤ系の姓と、階級意識や差別感情の複雑さをめぐって

2023年5月29日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

悲しい

知的

本作については当サイトの新作映画評論の枠に寄稿したが、下調べの段階で主にユダヤ系の姓などについて興味深く感じたものの、字数の都合で言及できなかったことを書き残しておきたい。補足説明として、背景を理解する一助になれば幸いだ。

評では、主人公が私立学校に転校した日に「ドイツ系移民の子で白人至上主義団体KKKに所属していたとの噂もあるフレッド(ドナルド・トランプの父親)が、ポールがユダヤ系だと気づいて見下した態度をとった」と書いたが、あのやり取りのニュアンスは日本の観客には少しわかりづらいかもしれない。名前を訊かれて答えたポールに対し、フレッドが「What kind of name is Graff?」(グラフって何だその名前は)と小馬鹿にしたように問い、さらにポールがおどおどしながら「元はグライザースタイン(Greizerstein)でした」と明かす。ちなみに本作の脚本・監督ジェームズ・グレイの祖父母の元の姓が実際にグライザースタインで、ロシアから米国に移民した際に改名したのだという。語尾に-steinが付く姓はユダヤ系に多く、有名どころではアインシュタインやバーンスタインがそう。グラフ家での祖父母を交えた食卓のシーンにも、アメリカの社会に溶け込めるように姓を変えたというやり取りあった。

序盤の公立学校で、授業態度がよくないポールと黒人生徒ジョニーに厳しく当たる白人教師の姓はターケルタウブ(Turkeltaub)。こちらは-steinほどメジャーではないが、やはりユダヤ系に多い姓のようだ。教師の姓をわざと言い間違えてふざけるジョニーに過剰に反応するのは、ターケルタウブ氏もまたユダヤ系として差別されたり名前をからかわれたりした経験があるからだろうと推測できる。だからこそ、彼の意識では下層であるはずの黒人の子から姓をいじられるのが我慢ならないのだ。

俳優業の頃には赤狩りに積極的に協力し、タカ派の政治家に転身して1980年に大統領になったレーガンが「アルマゲドン」を口にする不安な時代。その前年には、原子力発電所の重大事故として世界初のスリーマイル島原発事故がペンシルベニア州で起きており、評でも言及したザ・クラッシュの「ロンドン・コーリング」には「メルトダウンが起きそうだ」という歌詞がある。そうした時代背景に加え、移民国家アメリカの階級意識と差別感情の複雑さもまた、グレイ監督の少年期に暗く重苦しい影を投げかけたのだろう。

高森 郁哉
iwaozさんのコメント
2023年7月8日

非常に細やかな解説ありがとうございました。^ ^ m(_ _)m
監督は100%実体験を再現した、と言われてましたが、自分も国は違うけれど、これぞリアルな生活だと感じました。どうしてあの時、こうしなかったのかと後悔し、あの時のお父さんの気持ちは今になって分かったとか。その後悔を晴らす為に監督は撮ったんだな〜と共感できました。m(_ _)m
ロシア系と書かれてましたが、映画中ではウクライナでしたね。^ ^

iwaoz