劇場公開日 2022年7月1日

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「リコリスは魔法のキャンディー」リコリス・ピザ きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0リコリスは魔法のキャンディー

2023年10月3日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

あらら。この雰囲気、大好きかも。
好き勝手やりながら、変な大人たちに出会っていくゲイリー&アラナの青春グラフィティ。

なんの予備知識も無しに、レンタル屋の棚からチョイスしてみた本作。

一切の予備知識無しに観るから、後から俳優や、メガホンを取った監督や、その他の登場人物を知ることになるし、
当然何が起こるのかまったく知らずにあれよあれよと見てしまう、すべてが初対面の、とっても新鮮な世界なのだ。

「リコリスピザ」??
どうやら黒いアナログレコード盤を指すスラングらしい。
ピザ屋は出てこないけど、ノリノリのご機嫌な音楽はどのシーンをも満たしています。

DVDを観る僕は当然のこと、この先何が起こるのかまったく知らずに生きているティーン本人たちの、彼らにとっても、すべてが初体験の 冒険の世界なのでしたね。

そして有名な俳優やミュージシャンが軒並み出てはくるけれど、高校生たちはその目の前の大人が何者なのか知らないんです。
そこが良い。とても良い。【大人】=【変な人たち】なんです。
ティーンたちはキャラクターだけが青臭くて、生き生きと息づいていて、行き当たりばったりの毎日。その独特の初々しさと世間知らずぶりがたまらないです。
だから一見まとまりのないように見えるこの物語の所々の展開に、観客は目を見張らされるんですよ。

全員が 不細工です。はい。

主演の二人に注目が当たるのは当然なのですが、脇を固めるバイプレーヤー【=変な大人】たちの演技。特に表情や上半身の演技が印象的だから、是非これは見落とさないようにたのみます。
ゲイリーの母親、
レストラン・ミカドの主人とwifeたち、
アラナと面接する芸能プロのおばちゃん(ハリエット・サムソン・ハリス)=特にこの女優は監督が一目置いているのでしょう、大写しのアップでロングカットが◎。
もちろんショーン・ペンもトム・ウェイツも。
それらの大人たちが、アラナたちには分からない大人たちの符号で話しかけるから、理解出来ずに戸惑うアラナが良いんです。
特にダイニング、テイル・オコックでのアラナとショーン・ペンの会話は、照明やカメラの妙技もあって珠玉の光景。
その他、“奇人”登場は、ブラッドリー・クーパーと、レオ様の実父ジョージ・ディカプリオさん⇒ベッド屋の変なおやじ。

若者たちもニキビ面です。
「ファット・バーニーズ社」を立ち上げたファットなゲイリー。彼の父親 (フィリップ・シーモア・ホフマン) 似のその情けない顔と言ったら!横に間延びした彼の顔。とろんと離れた目と垂れ下がった眉。お腹も出てる。犬のバーニーズにもどこか似ているゆるい風貌。
かたや写真屋の娘アラナは、収縮系。
痩せぎすの細身で、キュッと中心に寄った顔。眉と鼻にシワを寄せて言い返すし、笑う。繫がり眉毛のとんがった子。

なぜに君たち、お互い惹かれ合うのかな。

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レビューが長くなりますが、
3回鑑賞して、まだ飽きません。
のっけから変わってる。
高校の廊下ですれ違うゲイリーとアラナ。
なぜ声をかけたのか、なぜ振り返ったのか、イントロなしに突然物語がスタートするから。
何が始まったのかよくわからないうちにいきなりストーリーが歩き出すから。
だから置いてけぼりにならないように、僕らも彼らを追いかけて、走りながら (走るシーンが多い) 、スクリーンを観ていて、
観終わったあとには胸の動悸と上気した頬に、多幸感に満たされていた僕でした。

第一部がゲイリーの自己紹介、
第二部がアラナの自分探し、
そして最後は二人の再会という結末。
こういう組み立てだと思って観れば、後半部もダレずにあの二人に付き合えます。

あの「ファントム・スレッド」の監督=PTSが作ったのだとは、にわかには信じられないです。これはちょっとした驚きでしたね。
一流俳優を立てての綿密な純文学作品も作れれば、かたやその後にこんな予測不能な“素人映画のようなこと”もやれてしまえる。
PTAはやはり突出した才覚のお人だと思いましたよ。

大人でもなく、もう子供でもない。
そういう宙ぶらりんの微妙な季節。
首を突っ込む大人たちの世界に、大人たちの生き方を覗き見、その喋る言葉に聞き耳を立てて 真似をしてかじりながら、かたや姉たちと暮らし、弟たちの世話もしながら、
全部があの頃の、僕らも体験した、断片的な、十代、二十代の思い出の日々なんですよ。
高回転の走馬灯。流れていく風景。
SPレコードの疾走感。
あれでしたよね・・♪

最近、ねっとりした味の濃い映画ばかり観ていたもので、
こんなにサバサバと、追い付けないほどにテンポよく物語が進む若者映画は、実に気持ちが良かった。

(お尻に根のはえた) おっさんばかりを揃えて、ボソボソ話の茶飲み話を撮れば、きっとジム・ジャームッシュの「コーヒーアンドシガレット」になるだろうし、
若者ばかりを揃えて撮れば、「ウォールフラワー」みたいに こうもなる。
でも、大人版も子供版も《友達付き合い》という骨格は一緒だ。世代だけが違う。
でも若さの躍動がここにはある。
とにかく登場人物たちの、あり得ないほどに、こんなにも自然な表情、表情、表情には、驚きだったのです。
レンタルして良かった。
☆5つ。

どう思います?
「ファントム・スレッド」だって、そういえば中身は実によく似ていました ―
《ダニエル・デイ=ルイスがレストランでウェイトレスに一目惚れ。ナンパして自分の店に女の子を連れてきちゃった》というストーリーなのですから、筋書きは両作共にまったくそっくりじゃないですか。
あのオスカー連覇俳優ダニエル・デイ=ルイスが「ファントム・スレッド」で垣間見せた“いたずらっ子少年の面影”は、本作のゲイリーとなんら変わりないのです。
監督はそこ、大切にしてますよね。

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【きりんの青春】
忘れないうちにメモ。
ゲイリーは15歳。アラナは25歳。
男の子ゲイリーとちょうど同じ年代に、たくさんのアメリカ人に囲まれて '70sを生きた僕には、懐かしさでいっぱいの2時間+の映画でした。
建物や町並みや走る車もあのまんまでした。
日本人がほとんどいない町内で暮らし、店員はみんな英語を使えるガソリンスタンドやスーパーマーケットで買い物をし、オレンジ色のミニスカートのドライブインで車の窓からインタホンでルートビアを頼み、2つのアメリカンスクールに挟まれていた地域だったから。
(そうそう、うちの弟はアメリカンスクールに通ったので、イヤーブックの「写真」撮影はゲイリーたちと同じ、斜め前からのポーズで口を開けて笑顔でのパチリ)。
もちろんマックでバイトをしていた僕も、英語での接客と$支払いのレジ応対は必須だったのでした。

時代の昂揚感に乗って いつもハイテンション=早熟の長男ゲイリー。
姉たちの下で鬱々としていた=奥手のアラナ。
ゲイリーが15歳。アラナは25歳。
ピンボールゲーム店でのプロポーズ。
「年上の女房は金(カネ)の草鞋を履いてでも探せ」と言うじゃないですか。

二人の付き合いを見ながら、僕も過ぎ去ったあの頃をふと思い出してしまうのです、
・何でも2回ずつ言ってたおかしな同級生のこととか、
・喧嘩腰に突っ掛かってきたクラスの女の子のことか、
・姉のようであり、友人以上の感情を抱いた女性がいたこととか、
ふと昔を思い出したりするじゃないですか。
人気はないけど自分としては密かに好きだったクラスメートのこととかね。

そしてこれはあくまでも僕の主観ですが、
この映画は、敢えて美男美女とかの美形をキャスティングしないで、そうではない太めで浮いた高校生男子と 誰からもモテない風貌の田舎娘を起用したことで、ストーリーが夢物語などではなく、いきなりの既視感と実体験の追想の世界に
我々を冒頭から投げ込んでくれたのだと思います。
そこがとても良かったんです。

リコリス。黒い飴。
大人も子供も全員が不細工。
旬を過ぎたちょっと哀れな大俳優の老人たちと、思春期真っ盛りの若者との対比。出会い。共演。
監督の目のリアリティ。

あのリコリスのへんてこな味は、
そんな《あの頃》に僕らをワープさせてくれる、きっと魔法のキャンディーなのだよねぇ・・

きりん