劇場公開日 2022年6月10日

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「ファビアンにとって幸せな結末だったのかもしれない」さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5ファビアンにとって幸せな結末だったのかもしれない

2022年6月14日
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鑑賞方法:映画館

 主人公ファビアンは極端なチェーンスモーカーで、のべつ幕なしにタバコを吸っている。タバコを吸っている時間は、我に返って醒めている時間だ。つまり一服するのは、現実から一歩引いて自分と対話することである。
 喫煙を勧めているのではない。むしろタバコを吸うのは一種の現実逃避だと思っている。ただ、喫煙には一瞬の恍惚がある。本作品の舞台となっている1931年のミュンヘンは、連続してタバコを吸わなければならないほど、厳しい時代だったということなのかもしれない。

 ファビアンを演じたトム・シリングはナチ政権下のドイツを描いた「ある画家の数奇な運命」で主演しており、その主人公クルトもまた、ファビアンと同様に自由な精神の持ち主であった。第二次大戦前後を描く映画の主人公には、自由な精神性が求められるのだろう。トム・シリングはその容貌からして、時代のパラダイムに染まらない反骨が感じられる。いい俳優だ。

 1931年は世界恐慌の2年後である。景気は少しもよくならず、街は失業者で溢れかえっている。タバコを買う金にも困り、1本だけ買う。他人が吸っているタバコを通りすがりざまに奪う。そういう時代なのだ。そこへナチスの登場である。強いリーダーシップと自信に満ちた主張に、人々はなんとなく心酔してしまう。
 ファビアンは時代に対して嫌な感じを持つ。それは石川啄木の「強権に確執を醸す志」に通じるものがある。強権に媚びる人間が急増するベルリンに嫌気が差したのだ。それは退職金で恋人のドレスを買う刹那主義的な生き方となる。その恋人は女優になるが、ファビアンには彼女がどんな作品に出演することになるのか、目に見えている。ナチのプロパガンダ映画だ。
 ファビアンにとってこの時代には絶望しかないが、それでも恋は大事だ。親友は遠距離恋愛に失敗した。自分はどうだろう。彼女は待っていてくれるだろうか。

 ラストシーンはファビアンにとって幸せな結末だったのかもしれない。童話作家の原作なら、こういった唐突な終わらせ方もありだと思う。

耶馬英彦