劇場公開日 2020年11月27日

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「幸せを予感させる爽やかな印象の作品」記憶の技法 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5幸せを予感させる爽やかな印象の作品

2020年11月29日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 序盤は坦々と流れる。この段階では複雑な人間関係はなく、学園モノで見かけるいじめも、マウンティング争いもない。その後はやや強引な展開で、普通なら直接本人たちに聞くだろうと思われる場面でも、なぜか殆ど知らない人間を頼る。マンガみたいだと思ったが、どうやらマンガが原作らしい。
 終映後の舞台挨拶で池田千尋監督が明かしていたが、撮影から公開まで何かの事情で3年もかかったとのこと。主人公の華蓮を演じた現在22歳の石井杏奈は撮影当時19歳。3年経って、ほっそりとして美しい女性になり、オレンジ色の光沢のあるドレスがとても似合っていた。この人をはじめて見たのは2016年のTBSのドラマ「仰げば尊し」の吹奏楽部の部長役で、真面目に悩む女子高生が印象的だった。本作品では少し無理のある脚本を力技で演じ切ってみせた。演技力というよりもこの人が持って生まれた独特なキャラクターが、演技に厚みを加えていると思う。それも才能のひとつである。
 とはいっても作品の中で一番演技が光っていたのは、やはりというべきか、柄本時生である。この作品はネタバレしたら面白みが半減するので迂闊なことは書けないが、映画サイトで紹介されている「金魚屋の青年」という役は、華蓮にとって大変重要な役割を果たす。この役の存在で物語がリアリティを保てたと思う。
「氏より育ち」という諺のとおり、愛情豊かな優しい養親のもとで育てられた華蓮は、思いやりのある優しい人間になった。これが物語の大前提で、意地悪にひねくれた女子高生が主役だったらこの映画は成立しなかったと思う。
 福岡へのルーツ探しの旅で、華蓮は短時間のうちに人生について学び、自分の心を掘り下げていく。そして過去の記憶を明確にすることで、過去との柵を断ち切る。可憐な女子高生の成長物語で、幸せを予感させる爽やかな印象の作品だった。

耶馬英彦