劇場公開日 2020年12月11日

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「強い女にはオート・クチュールなんて要らない」ヘルムート・ニュートンと12人の女たち Imperatorさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0強い女にはオート・クチュールなんて要らない

2020年12月14日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

ヘルムート・ニュートンについては、全く知らなかった。
60年代からヌード表現が許容されるようになり、70年代のサンローランや80年代のラガーフェルドの時代に適合したファッション写真家であるという。

アーティストやデザイナーを扱った映画を、自分はいろいろ観ているが、出色の出来映えだと思う。
まず、なんと言っても、「12人の女たち」のコメントが秀逸で、ニュートン作品の本質を突いている。アナ・ウィンターも良いこと言うじゃん(笑)。
そこが、つまらないコメントをダラダラ流す他の映画との、大きな違いだ。

アートに生きる女達は知性的で、そして大胆だ。
I.ロッセリーニは言い放つ。「私たちは、器にすぎない。アイデアを具現する人形」だが、それで良いと。
彼女たちは、自分のことは自分で分かっている。だから、写真の自分は“演技”であり、新しい自分なのだ。「世間を挑発するなんて最高」。
ニュートンに撮られるのは心地良いらしく、意外にも彼女たちも、主導権を取れるという。
彼女らの嬉々とした様子をみれば、売れっ子写真家というのは、いつの時代も被写体を喜ばせる存在なのだと分かる。

ニュートン自身も盛んに登場し、コメントしているのは驚きだ。
迫力(ガッツ)だけが大事であり、一瞬を切り取るのは、人間の目がなし得ることではないという。
「センスが良い」などと言われると不快で(「汚い言葉だ」)、「敵が多いほど光栄」と言ってのける。
「The “Bad” and the Beautiful」。「炎上」してなんぼ、なのだ。

後半は、彼の前半生にも深く入っていく。
ユダヤ人としての生い立ち、師匠イーヴァのもとでの修行。ナチに国を追われて、シンガポールへ。オーストラリアで、生涯の仕事のパートナーともなる妻と出会う。
ワイマール共和国時代の芸術や、レニ・リーフェンシュタールという、意外なインスピレーションの源も明かされる。
こういう伝記部分が充実しているのも、本作の素晴らしいところだ。

最近は、セクシャリティを不用意に強調すると「炎上」してしまう。
例えば最近でも、自分には何が悪いのかさっぱり分からない、「美術館女子」企画が停止に追い込まれた。
#MeTooなどと区別する能力のない、アートと無縁の人間からの攻撃が多いのだろう。
「ポリコレによるアートの自由の危機の時代に、“ヘルムートの時代”を撮りたかった」と監督が語るこの作品を見終えた後、自分は軽い衝撃を受けてしまった。

Imperator