劇場公開日 2021年11月12日

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「心に響くものがなかった」愛のまなざしを 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0心に響くものがなかった

2021年11月15日
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鑑賞方法:映画館

 仲村トオルは2016年11月に、世田谷パブリックシアターでの舞台「遠野物語・奇ッ怪 其ノ参」で主演したのを観劇した。仲村トオルは柳田國男の役で、わかりやすく美しい台詞をきちんと話していて、豊かな日本語に改めて感心した記憶がある。しかし、実はその年の9月まで放送されていたテレビドラマ「家売るオンナ」での軽くて情けない課長の役が頭に残っていて、思索の人である柳田國男を演じているのがちょっと可笑しかった。本人が大真面目に演じているのでなおさら吹き出しそうだった記憶もある。

 本作品の主人公滝沢貴志も至って真面目な役柄で、序盤では、精神科医はこうでなければと思わせる落ち着きぶりである。なかなかいい。しかしそう思わせるのも束の間、杉野希妃の演じる患者水野綾子が登場すると、あっという間に落ち着きをなくしてしまう。
 精神科医なら綾子の異常な精神性に気づく筈だと思うのだが、綾子の色香にやられてしまったのだろうか。それならそういうシーンがあってもいい。杉野希妃はみずから監督した映画「雪女」では堂々と濡れ場を演じているから本作品で嫌う理由はない。
 なんとも不可解なままストーリーが進み、自分を省みることのない綾子に振り回されながら、貴志はどこまでも堕ちていく。死んだ妻のことが忘れられないという設定は受け入れられるのだが、終盤に明かされる、中村ゆり演じる妻の薫が亡くなった理由が納得できない。そもそも貴志は穏健で気の弱い夫である。話も聞くし同意も同感もする。夫の他に息子もいれば父も母もいる。

 綾子は狂言回しにもなっていない、ただの異常者である。こういう異常者が世の中に沢山いて、多くの人たちを不幸に陥れていますよ、という映画なのだろうか。家族に異常な人間がいることで、事件が起こる。現に日本の殺人事件の半数以上は親族間の殺人だ。そういう現実を描きたいのだとしたら、無理矢理な設定もわからないでもない。
 プロデューサーでもある杉野希妃は、理不尽な女の業を表現したかったのかもしれないが、舞台女優みたいな演技と台詞回しが鼻につき、鑑賞中に早く終わらないかなと思ってしまった。心に響くものがなかった作品である。

耶馬英彦