劇場公開日 2020年2月1日

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「優しい体温のような物語」淪落の人 しずるさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0優しい体温のような物語

2020年2月22日
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泣ける

幸せ

事故で半身不随となった台湾人チョンインの元に来た新しい家政婦は、フィリピン女性のエヴリンだった。広東語が解らず意思疎通も困難な彼女に、最初は苛立ちを感じていたが、家族とも疎遠なチョンインに情深く接するエヴリンに、次第に親身な想いを抱き始める。互いに広東語と英語を学び、片言で心を通わせる二人。彼女の夢が写真家になる事だと知ったチョンインは、夢を応援したいと考えるようになり…。

筋だけを見ると、『最強のふたり』『あなたの名前を呼べたなら』などの類似作品が幾つか思い浮かぶし、実際に似たシチュエーションが見受けられたりもするのだが、そのどれとも異なる柔らかい感触を持った作品だった。
二人の間には、自分より相手の幸せを願うような強い愛情が培われるのだが、その感情は、恋愛、友情、親子の情、どれとも明確に表されず、カテゴライズされない。ただ、人と人との間に育った深く温かい情として描かれ、こんなものが存在するのならば人間でいるのも悪くはないなぁと、酷く救われる思いにさせられる。
作品中には、二人の間だけでなく、チョンインと親友、妹、離婚した妻との息子との関係、エヴリンと同郷の出稼ぎ家政婦友達の関係など、複雑な感情や困難な現実に少しばかり歪められようと、確かに存在するものとして、様々な愛情の形が描かれる。
それらが全く嫌みなく、優しく頭を撫でる手の感触のように、するすると心に染み透ってくる。

エピソードや心の変遷は、季節の移り変わりと共に順を追って語られる。ちょっとした台詞の端に仄めかされた伏線も、後々丁寧に拾われているし、登場人物の背景も、詳細に追う事はしないが、合点がいくようにさらりと説明され、難解な部分がない。
時折挟まる、夢か妄想のような情景が、より深く観客をキャラクターの心象に潜らせていく。

現実的ではなかろうと思われるような都合のいい展開もあり、リアリティに欠けるという評価もあるだろうが、厳しい現実を容赦なく突き付けるばかりが正解でもあるまい。理想であろうと、偽善であろうと、唱わなければ意味はない。
夢想にばかり耽るのは無為かも知れないけれど、磨り減らすばかりでは魂が疲弊する。何かとギスギスした現代、時にはこんな優しい物語に癒され、救われ、善意や希望を信じる気持ちにさせられたいのだ。
心が荒んだり、傷付いたりしている時は、こういう作品で心の重みを洗い流したい。

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しずる