劇場公開日 2019年11月30日

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「奈緒の声に癒やされる」ハルカの陶 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5奈緒の声に癒やされる

2019年12月22日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

幸せ

 ナレーションの奈緒の声がいい。落ち着いて柔らかく響く声だ。いつまでも聞いていられる。こういう声の持ち主は時々いて、女優の朝倉あきもそうだ。聞き心地がいいというのだろうか、内容がすっと入ってくる。逆に聞き心地の悪い声の人もいて、気の毒になるくらい内容が伝わってこない。声は天性だからどうしようもないところもあるが、ものまね芸人のいろいろな声を聞くと、もしかしたらある程度はコントロールできるのかもしれない。そういう風に考えると、奈緒のナレーションは上手に制御されていた気がする。女優さんとしての大きな可能性を感じた。

 焼物についてはひと通りの勉強をしたことがある。青山の骨董通りには随分通った。焼物の焼き方には酸化焼成と還元焼成があり、酸素を送り込んで焼くのが酸化焼成、還元焼成は蓋を閉じて不完全燃焼の状態で焼く。温度が上がりやすいのは還元焼成で、固く焼き締める磁気は必ず還元焼成で焼く。陶器はたいてい酸化焼成だが、作品中の焼成過程を見ると、備前焼はどうやら還元焼成で焼くようだ。
 還元焼成は高温で焼き締めるから、出来上がった製品は液体を通さない。備前焼は日常的に使うための陶器で、粘土に混ざっている金属によっては遠赤外線効果があったり、ビールを美味しくしたりするらしい。用の器としての面目躍如である。

 奈緒が演じた主人公はるかが備前焼に魅せられたのは、それが人の生活を豊かにするからだ。仕事は人から感謝されるから頑張れる。感謝は直接でなくてもいい。その器を使った人が気分がよかったり満足してくれれば、それが感謝だ。作り手は使う人の気持ちを思いながら土を練り、形を整え、焼成する。
 焼物の難しさは半端ではなく、素人が簡単にできるものではない。人が喜んでくれるものを作るには相当の苦労を覚悟しなければならない。その覚悟が試されるはるかだが、覚悟はいっときの気負いではなく、持続する志だ。やめないこと、継続すること、諦めないこと。それを覚悟という。
 はるかの覚悟と感謝の気持ち、生活の豊かさとは何かという素朴な問いかけが作品全体を包む雰囲気となっていて、そこに奈緒の優しい声が重なり、温かい気持ちで鑑賞できる。余計なシーンは一切ない。言葉を削ぎ落とした俳句のような趣のある作品である。とても癒やされた。

耶馬英彦