劇場公開日 2019年11月1日

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「偉大なる、生ける伝説から「真の個性」を学ぶ」NO SMOKING 冥土幽太楼さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0偉大なる、生ける伝説から「真の個性」を学ぶ

2020年7月6日
iPhoneアプリから投稿

海外の文化をいち早く取り入れるハイカラな両親の元に生まれた細野少年は、幼少期から両親に連れられ銀座の繁華街を頻繁往来し、知り合いにはコロンビアレコード女性編集者などがいて、最新のファッション、カルチャーや音楽に触れられるようなナウイ環境にいた生粋のシティボーイである。

後の彼の、常に時代の先をゆくものや誰もやらないものを求めて進んでいく彼の精神性の礎を築いたのは、この粋な都会の大人たちの温もりと人情ではないだろうか。
彼が後年、星野源やコーネリアス小山田、水原希子からマックデマルコまで若くて新しい才能に積極的に関わっていく姿勢も、若い時から老いていて老いてからも若いという感性も、戦後間もない江戸っ子の粋さとシティボーイ的な洒脱さ、親譲りの新しいカルチャーに敏感なアンテナやそれらをすんなりと吸収する能力、それらの賜物か。

本作で細野氏が「誰もやってくれないから自分がやるしかない」といった旨を語っていた。
あらゆる分野の優れたクリエイターというのは、
これと同じことをよく言っているなぁと思った。

芸術だと岡本太郎、作家だと松本清張、中島らも、村上春樹、漫画だと手塚治虫も赤塚不二夫、みうらじゅん、アニメーションでは宮崎駿や庵野秀明、芸人ではタモリ、ビートたけし、音楽だと大滝詠一、高田渡、いとうせいこうあたりが「誰もやらないから自分たちがやるんだ」という精神性や使命感について語っていたのを聞いたことがある。
(彼らが創作意欲などについて語っている動画やエッセイについて調べれば出てくると思う)

どれも一時代を築いた開拓者たちである。
こうした開拓者たちは文化や時代の必然性のやうなものを肌感覚やら第六感のやうなものでわかっている。
時代を創る人々はみなこのような能力に長けているのやもしれない。
日本語ロックからトロピカル、テクノからワールドミュージック、ゲーム音楽にアンビエントと常に時代の先を行っていた細野氏も間違いなくそのタイプであろう。

昨今の「次はこれが来る!」とやたらとうるさいマーケティング業界やビジネス業界に完全にムーブメントを掌握されてしまった現代には、この使命感を持ち合わせている人間はどれだけいるのだろうか?
憧れの真似事と悪目立ちする自己顕示欲ばかりで、カルチャーの加速度というのはテクノロジーの加速度と比べて非常に停滞してしまったように思う。
というのも自己顕示欲と使命感というのは全く別物であり、昨今はSNS事情により「俺が俺が」という承認欲求ばかりが悪目立ちする時代になってしまったわけだ。
これが最悪なのは本人らはあたかもオリジナリティがあるように装っているが、実際のところそれらはオリジナリティからは最も遠いところに存在することを知らない。
小林秀雄は個性に関して
「人間ていうのはそういった意味の個性は、その人のオリジナリティではないんです。それはむしろスペシャリティです。特殊性です。こんなものは誰にだってあるんです。」と言っていた。
これと似たようなことは
「自分を消さない限り、表現ってうまれないんですよね」橋本治
「真の個性というものは、何度も何度も模写した中でそれでも滲み出てくる自分のくせ、のようなものである。」養老孟司
村上春樹も個性とは足し算ではなく引き算だといったことを言っていた。
自己表現についてのこられの似たような記述は枚挙にいとまがない。

情報過多で足し算の個性、造られたオリジナリティが氾濫する世の中にあたり、このような偉大なる先人たちを振り返りつつ、人々はも少しだけ冷静になりながら世界を見つめる視線を持つべきではなかろうか。

冥土幽太楼