劇場公開日 2019年6月8日

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7月の物語 : 映画評論・批評

2019年5月28日更新

2019年6月8日よりユーロスペースほかにてロードショー

やわな感傷ぬきで物語と現実を拮抗させる、ブラックの映画の逞しさ

2014年、長編監督デビュー作「やさしい人」を携え来日したギョーム・ブラックは、フィルムノワールをふまえた色調や緻密に計算された話の運びの一方で、雪や雨、撮影現場で遭遇した偶然やアクシデントの効用を力説してみせた。「7月の物語」はその折、準備中だった新たな長編企画の延期という“アクシデント”を味方につけたブラックの新作。演劇学校の学生たちとの即興演技のワークショップをベースにした「日曜日の友だち」と「ハンネと革命記念日」の2本の短編から成る滋味深い夏の映画だ。

仕事仲間の女の子ふたりが日曜日、パリ郊外の水がらみのレジャーセンター、セルジー=ポントワーズを訪れる第1部は、安全指導にかこつけアバンチュールをものにしたい警備員、さらには彼の恋人の登場でややこしいことになっていく。積極的な一人に対し用心深くおとなしそうなもうひとりが案外、素早く素敵な男子とデートの約束をとりつけたりと、筋そのものは他愛ないが、そこに見えてくる人となりと思いの交錯が暮れなずむ夏の空と風と水の景色と融けてふっと胸を突く瞬間が浮上する。帰り道、郊外電車で肩を寄せ心地よい疲れを分ちあい深い眠りに落ちている親友未満のふたりの間に芽生えている親密さ。その軽やかな涙ぐましさ。それを繊細に掬う映画は確かにロメールを思わせなくはないけれど、「先達と比較されるのはとてもうれしいこと、ではあるけれど、ちょっと短絡的かな」と柔らかに“映画狂的比較の悪癖”を突いてみせたブラックの発言を想起すれば、ここで彼の映画がさりげなくしかしくっきりとみつめているもっと大切なことに気づかずにはいられなくなる。

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例えば映画が第1部「2016年7月10日」、第2部「2016年7月14日」と特定していること。前半の5人の男女が二重国籍を有していそうにもみえること。それはノルウェー、イタリア、フランスの学生の中にアルメニア系の消防士がからむ後半、パリ14区南端国際大学都市での物語により濃やかに射し込む政治色、世界の今を思う心を指し示し、労働法改正案撤回のデモ、夜通し議論をという集会“Nuit Debout”(立ち上がる夜)の波が広がったその年の夏の空気を鮮やかに呼吸して、単なる恋の駆け引きのお話の向こうに広がる奥行を照射する。そうしてそこにまさに起きてしまった“偶然”、同年同日のニースでのテロのニュースが重ねられる――。やわな感傷ぬきで物語と現実を拮抗させるブラックの映画の逞しさに注目してみたい。

川口敦子

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