劇場公開日 2021年1月29日

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「パレスチナをめぐって」天国にちがいない 因果さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5パレスチナをめぐって

2022年11月4日
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さらに政治的緊張感の増したロイ・アンダーソンと形容できそうな映画だった。

笑いとは、言い換えれば社会一般的な認識(=常識)と眼前のできごとの落差に対する違和感の表れであり、落差があるということは、どちらか片方が決定的にズレているということだ。すなわち現実が良識を凌駕してしまっているか、あるいはそもそもその良識自体に誤謬と欺瞞がある。

エリア・スレイマン監督はパレスチナ問題をめぐる常識と現実の間に横たわる落差をシュールレアリスティックに引き延ばし、ことさら強調する。たとえばパリの街中を戦車が走り抜けるシーンや、武器を携えた一般人がスーパーで呑気にショッピングするシーン。なんとも不審で不可思議な光景に思われるが、今なおユダヤ人との人種間対立が続くパレスチナ人たちにとっては、こうしたキナ臭い光景が当たり前の日常なのだ。

あるいはスレイマン監督が黒人運転手のタクシーに乗るシーン。スレイマンがうつらうつらしているうちに窓外の景色はいつの間にか整然としたオフィス街から寂れたスラム街へと変わっている。黒人が峻厳な表情でスレイマンに「あんた何人だ?」と問いかけ、車内に危うい人種的対立の緊張が走る。スレイマンがおずおずと「パレスチナ人」と答えると、黒人の表情がパッと晴れる。黒人はパレスチナ人に対する個人的な友愛を語ると、運賃までタダにしてくれるという。黒人が思わぬ「同胞」に出会えたことを素朴に喜ぶ一方で、スレイマンは安堵とも焦燥ともつかないなんとも微妙な表情を浮かべる。

といった具合に、本作ではパレスチナ問題をめぐる当事者と部外者の認識のズレがシュールコメディという形式によって鮮明に炙り出されている。

ただ、パレスチナにもフランスにも関係ないところで生まれ育った私にとっては拾いきれないトピックも多々あり、途中で何度か寝かけてしまった。政治的コノテーションを度外視してもなおに面白い作品かと問われると、正直首肯しがたい。だったらロイ・アンダーソンのほうがよくできてるなあと思う。

因果