劇場公開日 2019年1月4日

「アイデア倒れ」ANON アノン 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.0アイデア倒れ

2019年4月28日
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鑑賞方法:映画館

知的

 こういう実験的な映画こそ、先入観なしに観たほうがいい。冒頭部分から、これは何だ?と思いながら、次第に設定や状況が明らかになっていくのを楽しめる。
 タイトルのANONはAnonymousの意味で、ちょっと前までは名無しの権兵衛などと訳していた。いまでは謎のハッカー集団の固有名詞みたいになっているが、ある意味この映画に相応しい。
 一説によると人の脳は1ペタバイトの記憶容量があるそうだ。ペタバイトはテラバイトに2の10乗を乗じた量である。大変な量だ。視覚と聴覚の記憶だけでも膨大で、自分でも思い出せないこともたくさんある。
 本作品はそんな大容量の視覚と聴覚の記憶を当局が管理している未来が舞台である。その通信管理はグループウェアみたいになっていて、権限によってアクセスできる範囲が異なる。基本的には現在のインフラをそのまま人の脳にまで範囲を広げた感じで、理解はしやすい。一般の庶民も情報を共有し合うことができたりするところは、クラウド上のデータみたいだ。
 そうなると次の段階はハッキングということになる訳で、そこから先が本作品のストーリーである。そしてそのあたりまで解ってしまうと、この作品の世界観が意外に浅いことに気づく。
 どういう方法かは不明だが、とにかく人の脳の視覚と聴覚の記憶をデータとしてどこかに保存し、随時取り出せることができるようになった社会というアイデアは悪くない。もしそんな社会になってしまったら、とても正気ではいられないだろう。
 人間は生物の中で最も環境適応能力が高いとされている。だからそんな社会になっても普段と変わらない日常があるのだという考え方もあろうが、それは一面的な見方で、記憶の共有という劇的な変化があれば、あらゆる方面に影響を及ぼす筈だ。日常の風景も一変するに違いないし、ビジネスシーンも様相が一変する筈だ。そんな状況になったときに人間がどのようにして正気を保って生き続けるのか、共同体と個人の関係性はどうなるのかなど、想像は広く膨らむ。そこまで考えると、冒頭の街のシーンが現代と変わらないことに非常に違和感を覚える。
 加えて、本作品のように主人公をサイバー刑事にしてしまうと、必然的に殺人事件がプロットとなる。するとうわべの事実ばかりが重要視され、記憶を共有した社会での人間の精神的な対応がどのようであったのかは置き去りにされてしまう。
 思考実験としては面白いが、人の内面に対する掘り下げがないから、上っ面のドラマになってしまった。SEO対策みたいにアルゴリズムの解析に話を持っていったのは、製作者がSF作品としての掘り下げを諦めたような感じさえする。アイデア倒れに終わった典型的な映画と言えるかもしれない。

耶馬英彦