劇場公開日 2019年6月28日

「果たされなかった未来と静止した現在が、遂に交錯する。」凪待ち yuiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5果たされなかった未来と静止した現在が、遂に交錯する。

2020年7月23日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

これまで実際の競輪を見たことも車券を買ったこともない観客による感想です。

冒頭、くたびれた服とぼさぼさの髪で自転車を漕ぐ男性。香取慎吾さんの見事な役作りは、このずんぐりした背中だけで十二分に伝わってきます。終始気だるそうにしていて、家族や観客を苛立たせる演技も見事。ただ時々、妙に張りのある美声を出してしまうところに、香取さんの隠しきれない地金がのぞきます。

ギャンブル依存症気味な香取さん(が演じる男性)が婚約者と人生をやり直そうとするところから物語は始まりますが、そんな簡単に長年染みついた習慣が改まるはずはなく、様々な困難が彼と彼の親しい人に降りかかることになります。そして物語中盤、決定的な事件が。

「過ちを抱えたまま生きていく」という主題は、近年多くの作品で見られますが、本作で主人公が乗り越えるべき壁は相当に残酷で、ケイシー・アフレック主演の某作品に匹敵する険しさです(あえて作品名は秘匿)。また自滅的な選択と抗いがたい運命に押し流される…、という主題から鑑賞中度々伊集院静著『でく』(1996)を想起しました。両作ともギャンブル依存症という点でも共通しており、何か影響があったのかも。

面白かったのは劇中音楽で、時々妙にコミカルだったり、場面と全く噛み合っていなかったりします。これは恐らく意図的な演出なんでしょうが、それで「笑いたいけど笑っちゃいけないような気がする」という微妙な気持ちを味わえます。

物語の背景の一つだった東日本大震災が突如前景となるエンドクレジットは非常に素晴らしく、これを見ずして席を立つのは非常に惜しいです。一番最初に映し出されるあるものに、個人的には非常に衝撃的かつ意表を突かれて、思わず座席から身を乗り出しました。

震災後、東日本に生きる人々の姿を、白石監督と、香取さんを始めとした俳優陣、スタッフは物語の中に織り込んでいく、という形で見事に描写しました。特に人々が様々な職種で「働く」姿を丁寧に捉えてた映像に心打たれました。

yui