劇場公開日 2019年1月19日

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「人間のありように抗う希望」バハールの涙 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5人間のありように抗う希望

2019年1月21日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

興奮

知的

 日本の作詞家で松本隆という人がいる。松田聖子が歌った「瑠璃色の地球」で彼は「争って傷つけあったり人は弱いものね」という歌詞を書いた。24歳のアイドルが歌うのだから、争いと言えば仕事や人間関係のもつれなどを指しそうだが、歌のテーマが地球であることを考えれば、戦争のことを言っているのだとわかる。つまり松本隆は24歳の松田聖子に反戦の歌を歌わせたのだ。それは大変に画期的で価値のある試みだったのだが、当時の若者たちに松本隆の思いが伝わったのかどうかは定かではない。

 さて勇敢で愛情に満ちた女戦士バハールが本作品の主人公である。高等教育を受けたインテリであり、銃で敵を撃ち殺すような女性ではない。しかしそうせざるを得なくなった状況が、長めのフラッシュバックで語られる。ISによる人権蹂躙である。人は己(おのれ)の欲望のために他者を犠牲にして意に介さない。宗教はもはや大義名分に過ぎず、餌食となるのは常に弱い人間である。
 フランス人の女性従軍記者であるマチルドは、言論は無力だが、それでも伝え続けなければならないと、かねてからの自分の覚悟を述べる。従軍記者にとって毎日が小さな勇気を試されることの連続だ。建物の角を曲がるだけでも、気力を振り絞らなければ曲がれない。そこには銃弾の雨が降っている可能性があるからだ。
 それでもマチルドはバハール隊長一行の後に続いて角を曲がる。そこに待っているのは死なのか、それとも希望なのか。多くの場合はそのいずれでもなく、更に危険な日々が待ち受けているだけだ。危機が去って希望が湧くまでには、まだ長い道のりがある。
 マチルドはバハール隊長の姿を世界中に発信する。この修羅場を地上のすべての人々に伝えたい。届け、平和の願い。そして与えたまえ、母と子の安寧の日々を。

 映画ではたしかにその思いは伝わってきた。ただマチルドは、ニュースを受け取った人はクリックして終わりと言う。我々も同じように、映画を観て終わりになってしまうのかもしれない。しかしいつか日本がトチ狂った暗愚の宰相によって戦争を始めようとするときには、断固として反対票を投じようと思う。

 人間のありようは松本隆が書いたように、たしかに弱くて醜いものである。しかしどこかでそれに抗う希望があると信じたい。そういう映画であった。

耶馬英彦