劇場公開日 2019年7月5日

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「哲学的な味わい深い作品」ゴールデン・リバー 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0哲学的な味わい深い作品

2019年7月30日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

難しい

 原題「Sisters Brothers」の意味は冒頭のシーンですぐに解る。しかしSistersという名字を聞いたことがなかったのでちょっと面食らった。一度耳にしたら忘れられない名前である。そのせいもあってか当時のアメリカ南西部では有名な殺し屋として名を馳せていたという設定だ。
 本作品はフランス人監督による西部劇である。流石にひと味違っている。西部開拓時代の人々の精神性は、まず生き延びること、次に大金を稼ぐこと、それから先は好きなように生きることだ。生き馬の目を抜く生存競争の中で、正気を保ちながら殺し殺される日常を生き延びるのは並大抵ではない。おそらく数え切れない沢山の人々が命を落としたはずだ。殺すことを厭わず、良心の呵責も感じない粗暴な人間たちだけが生き延び、中でも飛び抜けて冷酷な人間が成功者となり指導者となっていく。殆ど原始時代である。
 さてシスターズ兄弟は兄弟の絆だけを信じて賞金稼ぎの殺し屋を続けているが、殺るか殺られるかの毎日に明日がないことはふたりとも解っている。しかし望む将来は異なる。
 兄イーライには馬に名前を付けて可愛がる優しさがある。名前を付けるという行為は家族を増やすことで、必ず愛着を生む。愛着は煩悩であり生への執着を強める。世の人々はイーライと同じように子供やペットに名前を付けて、家族という幻想を楽しんでいる。守ってやらなければならないという不文律さえ生じる。
 対して弟チャーリーは非情だ。馬は馬でしかない。移動のための道具であり、怪我をしたり死んだりしたら別の馬に乗るだけだ。人間関係は命令する者と服従する者、殺す者と殺される者に分かれている。自分は殺す側、命令する側になりたいと願っている。
 イーライは人を殺すことに躊躇いも迷いもないが、とどめを刺したあとに首を振る仕草には、この世の不条理を身を以て体現する人間のやるせなさが滲み出ている。不細工な大男という見かけによらずナイーブな一面を持つ主人公を、名優ジョン・C・ライリーが繊細に演じてみせる。ホテルのトイレに驚くさまは無邪気と言ってもいい。
 作品はゴールドラッシュ時代のギラギラした欲望にまみれたスラップスティックだが、そこかしこに人生に対する問いかけがあり、フランス人監督らしい哲学的な側面を感じさせる。
 マカロニ・ウェスタンのようなニヒルなタフガイは登場せず、ガンファイトはあるもののそれよりもヒューマンドラマに重きを置いたような、今までにないタイプの西部劇で、テンポよくストーリーが進んで楽しく鑑賞できると同時に、少し立ち止まって人生について考えさせられるような、味わい深い作品だと思う。

耶馬英彦