劇場公開日 2018年1月26日

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「『正義』という思い込みで人はどこまで邪悪になれるのか」デトロイト 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5『正義』という思い込みで人はどこまで邪悪になれるのか

2018年1月31日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

恐ろしい映画だった。
感動ではなく、恐ろしさと怒りで涙が出るほどに。

1967年夏のデトロイトで発生した、
米国史上最大級の暴動。そのさなかに起こった
『アルジェ・モーテル事件』の顛末を描いた本作。

その事件現場へ背中を蹴られてぶち込まれたような
迫真性。そして全編に充満する怒りと悲しみ。
個人的にはキャスリン・ビグロー監督が作品賞を
授賞した『ハート・ロッカー』を凌ぐ出来ではと思う。

開幕から映画を支配する息詰まるような緊張感は、
映画が進むに連れて薄れるどころかぎりぎりと
音を立てる弦のように張り詰め続け、
開始2時間にしてようやくピークを迎える。
“衝撃の40分”と宣伝された集団尋問シーンの
緊張と恐怖たるや、観ているこちらが壁に
頭を押し付けて目を背けていたくなるほど。
映画は145分という長尺だが、
体感時間はその半分、体感疲労はその倍だ。

...

警備員ディスミュークスを演じたジョン・ボイエガ。
理性的だが熱く、苦難に晒され続けた者のダメージも
表現できる彼が凄い。間違いなくデンゼル・ワシントン級の
カリスマ性を持つスターだ。『スターウォーズ』で抜擢
された彼が、ここまでの存在感を放つ役者になるとは!

幼稚にさえ見える残忍な警官役ウィル・ポールターも、
観客を本気で憎悪させるこんなリスキーな役を
演じ切った根性に天晴れ。彼がどす黒い闇を体現
したからこそ、この映画は断固たる光を放った。

そして“ザ・ドラマティックス”のボーカル・
ラリーを演じたアルジー・スミス。この方の名前は
全く知らなかったが、役者兼歌手の方だそうな。
無人の劇場で歌うシーンでも心を動かされたが、
彼の最後の登場シーンでの、怒りと悲しみがひしひしと
伝わる美しく切実な歌声には、思わず涙が溢れ出た。

...

アルジェ・モーテル事件で大きな役割を負ったのが
暴動鎮圧にあたるデトロイト市警の、一部の白人巡査達。
罵り、殴り、銃で脅し、大声で祈れと強要し、
尋問をゲームのように楽しみながら、時には
笑みすら浮かべる彼ら。彼らがその後に
行ったことはそれ以上に胸糞が悪い。

あんな行為のどこに正義があるのか?
正義を振りかざして人を虫けらのように
踏み潰すあの連中は、一体何様のつもりなのか?
“暴動鎮圧”“市民のため”という大義名分、そして
それを行使できる力。彼らは『正義』を行使
できる力を楽しんでいるようにすら見えた。

あの警官たちの卑劣さは吐き気を催すほどだが、
最も恐ろしいのはあの警官たちに「これは正義だ」と
信じ込ませているもの。それは特定の個人や組織
ではなく、何千年もの時間をかけて心の深い深い所
にまでびっしりと根付いてしまった差別意識だ。
そして、権力と優越感ほどに最悪の組合せは無い。

デトロイト市警の中にも良識のある人物はいたが、
少なくともあの3人の警官達にとって
『白人は優秀、黒人は下劣』という思考は、
文化レベルで叩き込まれた“当たり前”だった。
これは別に黒人差別に限った話ではない。
未だに黒人差別は根強いが、現米国大統領が反面教師的に
示しているよう、差別意識というものは
日常のありとあらゆるものに存在していて、
こちらも自分の中にそんな醜い正義が無いか
自問する必要があると感じさせられた。

...

ひとつだけ不満点を書くなら、
黒人差別の歴史と暴動の理由を端的にまとめた冒頭の
アニメーションはやや語調が強すぎるように思えた点。
だが、あの位の語気で語らねば黒人達が暴徒化する描写は
かえって彼らへの反感を煽る結果となったかもしれないので、
ここは痛し痒しか。

この映画は奇をてらった演出や説教じみた語りに頼ることなく
人種差別という社会的テーマを強く打ち出すことに成功している。
ひりつくようにリアルな描写と優れた演技、そして
サスペンス映画としてのずば抜けた完成度で以て
エモーショナルに観客へそれを訴え掛ける。

『正義』という思い込みによって、
人はどこまで邪悪になれるのか?
そんな恐怖をまざまざと見せつける、負の傑作。

<2018.01.27鑑賞>

浮遊きびなご