劇場公開日 2017年7月15日

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「本当にフェラをしてるかのようなカラダを張った迫真の演技」彼女の人生は間違いじゃない 桜花さんの映画レビュー(感想・評価)

2.5本当にフェラをしてるかのようなカラダを張った迫真の演技

2017年7月19日
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鑑賞方法:映画館

興奮

難しい

人間の行動には、理由は無い。後付けで、こじつければいくらでも理由は付けることができるけど、その行動を取らせた真の理由など、分かるはずがない。それが人間らしさというものだ。

主人公がデリヘルでバイトする理由も、きっと本人も含め、誰にも分からない。

こじつければ、震災のトラウマ、と理由づければスッキリできるかもしれないが、それは早計。

主人公は公務員だし(非正規かもしれんが)、お金に困って仕方なく風俗に沈む、という分かりやすい状況でもない。

地震、津波、放射能、、、と、圧倒的な暴力を経験したこととはまったく無関係に、思わず意味も分からず、デリヘルに応募しちゃっただけかもしれない。

そこには、なにやら深遠な意味も単純な意味も無いような気がする。つまり、理由なんか、無い。

人間はすぐに、白黒つけたり、レッテルをつけたがる。つまり、「分かりやすい」理由を欲しては、安心したがる。

現に、おやじさんや、市役所の同僚の心と行為の分かりやすい変化に、観衆は安心し、涙ぐんでいたではないか。観衆は、その分かりやすいパターンをそもそも望んでいたはずだ。

しかし、そこに真実は無い気がする。

むしろ、決して理由づけできない(白黒ハッキリさせられない)主人公の意味不明な心や行為にこそ、真実がありそうだ。

この主人公を目の前にして、我々は面食らい、共感すら沸き起こらないが。

でも、よく身の回りを観察してみると、「えっ?なんで??」という感じの行動を取る女の子は結構いる。

そういうときに我々は、その行動の理由が明確に理解できないと、「変わったヤツ」とレッテルを貼って思考停止する。

そこで思考停止せずに、もう一歩踏み込んで、行動に理由なんか無いんだ、という寛容な気持ちで受け止めてあげる必要があるんだと思う。

本当にフェラをしているかのような(演技ではなく、本当にしてたのかもしれないが。。。)カラダを張った迫真の演技をみていて、強くそう思った。

映画館で観たが、静謐な感じを出そうとしたのか、生活音を中心に音量が全体的に小さくて、お菓子もポリポリできないレベル。その割に静謐な感じもイマイチ出てない。

また、映像に迫力もなく、わざわざ映画館でみるほどのコンテンツではない。ちょっとしたショートムービーにして、インターネットで流し、スマホで視聴するくらいがちょうど良いスケール感。

桜花