劇場公開日 2017年10月7日

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「きみに生きてほしくて」愛を綴る女 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5きみに生きてほしくて

2017年10月18日
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鑑賞方法:映画館

知的

幸せ

 隣席の年配の奥さんが旦那さんに向かって、あなたは電源を切るからいけないのよ、私はいつもマナーモード、これだとかかってきたのが分かるでしょ、と注意していた。上映中に何度も奥さんのスマホのバイブレータが鳴って、周囲の注目を浴びていた。旦那さんは気づかないふりをしているようだった。

 キリストの父ヨセフは、新訳聖書ではマリヤの夫として精霊のお告げを受けて子供にイエスと名付ける役割が与えられてはいるものの、聖書の中でもキリスト教全体としてもあまり脚光を浴びている存在とは言い難い。
 この作品の夫のジョゼ(スペイン語でホセと呼ばれていた)も、暗い映像に加えて正面からスポットを当てられることもなく、とても地味な存在だ。ジョゼはという名前はヘブライ語のヨセフによく似ていることもあって、二人の生き方が重なって見えた。
 マリオン・コティヤールは現代フランスを代表する名女優だが、必要なシーンのためには身体を張る演技も辞さない。その辺りの思い切りのよさは、情熱を大事にするフランス文化の精神性に由来すると言ってよさそうだ。この人の映画は今年だけでも4本観た。

たかが世界の終わり
マリアンヌ
アサシン・クリード
それに本作品

 いずれの作品もキャラクターがまったく違っているのに、何の違和感もなく見事に演じ分ける。まさにカメレオン女優としてのポテンシャルを遺憾なく発揮していると言ってよさそうだ。
 本作では性欲の塊のような極めて情熱的な女性が歳を重ねて人生の真実に気づいていく過程を、屡々噴出する狂気の発露を加えつつ、静かに演じていく。嫉妬もあり、諦めと絶望もある。さらに妄想や幻覚さえも織り混ぜながら、女の人生をこれでもかとばかりさらけ出す。
 そんなマリオン・コティヤールの素晴らしい演技が浮かび上がらせるのが、夫ジョゼの存在だ。聖母マリアを支えたヨセフのように、愛に生きる奔放な妻を無償で支え続ける。
 プロット、シーン、そして主演女優の演技と、三拍子揃った見事な作品である。

耶馬英彦